うーにゃん先生の こころのマッサージ
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ココロバエ
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心のなかに生きるということ

2020.10.03

第41話

 

生死一如 

 

 パパは今日から山梨へ出張。朝からあわただしくしている。

 ある戦国武将マニアのグループから依頼され、武田信玄の足跡をたどり、政治家としての信玄をテーマにした原稿を書くという。いつもはオッチョコチョイのパパだが、武田信玄を語るときは妙に理路整然としている。

「いつまでも寝てるとほんとうにネコになっちゃうぞ」

 パパは、いつまでも寝ているうーにゃんに声をかけた。

 うーにゃんはとろんとした目をパパに向け、弱々しく微笑んだ。

「うーはずっとネコだよ、パパ。もうニンゲンのふりをするのは疲れたよ」

「なに言ってるんだ。おまえにはガンガン稼いでもらわないといけないんだから。この家の大黒柱だということを忘れてもらっては困る!」

 パパは演劇のセリフのように力強くそう言ったが、うーにゃんは声にならない息を吐いてすぐに顔を伏せた。

「きょうのうーにゃん、なんか変だぞ」

 パパはそっとママに耳打ちした。

「最近、ほとんど食べないし、ずっとこんな調子なの。もう若くはないからね。一度、病院で診察してもらったほうがいいかしら」

「もうすぐ20歳だもんな。人間だと90歳以上かあ。われわれよりずっと若いと思っていたけど、もうおばあちゃんなんだよなあ」

「そうだよ。それなのにパパはうーにゃんに仕事ばかりさせて、動物虐待だよ」

 いきなりみゆが口をはさんだ。娘の強い口調に、パパは一瞬たじろいだ。

「ど、動物虐待だと? うーにゃんが動物だとでも言うのか」

「うーにゃんはネコだよ。家族の大事な一員だと思っているのならもうこき使うのはやめてよ」

「こ、こき使うだと? なに言ってるんだ、おまえは……」

 旗色が悪くなってきたのを察知したのか、パパはそそくさと出かけてしまった。

 うーにゃんの容態が急変したのはその日の夜だ。よろけながらベッドを出たものの、力なく倒れ込んだ。目はうつろで息が荒くなっている。

「うーにゃん!」

 ママとみゆは同時に駆け寄り、うーにゃんを抱き起こそうとしたため、互いのひたいをぶつけてしまった。

「パパは?……、パパは?……」

 うーにゃんはうわごとをつぶやき、その場で気を失った。

 みゆはすぐ119番に電話をしたが、ネコは対象外だと断られた。安倍さんが総理大臣の頃、うーにゃんは救急車で運ばれたことがあったのだが、それが批判の的になっていた。野党は執拗に批判を繰り返した。安倍さんが憎くてどうにもしかたがない朝日新聞は連日、批判的な記事を載せ、世論を煽った。そして、世事に敏い新首相は、人間以外の動物を救急搬送することを禁じたのである。

 ママとみゆはうーにゃんをベッドに運び、ずっと付き添うことにした。うーにゃんはひたすら眠り続け、ときおり全身を激しく痙攣させた。ママとみゆは泣きながらうーにゃんの体を押さえた。

「パパにラインしたほうがいいよね」

 その頃パパは信玄の兜(もちろんレプリカ)をかぶり、信玄になりきっていた。グループの人たちに乗せられ、馬上の謙信に切りつけられる信玄の役までこなした。

 そこにラインが入った。

 ――ウーニャンキトク

 酔いがいっぺんに醒めた。今すぐ東京に戻ると言い張るパパをまわりの人たちが懸命にとめた。すでにベロンベロンに酔っ払っているし、ここは信玄の隠し湯で有名な山奥。宴会に出席している人は、じいさんしかいない。いますぐ自宅に戻るのは不可能だった。

 うーにゃんはいつあの世に行ってもおかしくない状態が続いたが、小康状態を保っていた。驚異的な生命力だった。意識が戻ると、上の空で「パパは、パパは」とつぶやいている。

「パパがどうしたの? パパは朝早く帰ってくるよ」

「……ママ、いままでありがとう。ママの腕枕で眠っているとき、幸せだったよ。みゆ、うーはみゆの手で拾いあげてもらったことをはっきり覚えているよ。ほんとうにありがとう」

「なに言ってるの。ちゃんと治るから心配しないで」

「ううん、うーはもうすぐ死ぬよ。うーはネコだからわかる。でも、まだ死ねない。パパにお礼を言わないうちは……」

 うーにゃんの命の火を灯しているのは、パパにお礼を言いたい一心だったようだ。

 ふたたび全身の痙攣がうーにゃんを襲った。体を動かすエネルギーはほとんど残っていないはずなのに、腕と脚は信じられない速さで動いた。かなり苦しいのか、地の底から這い上がるような唸り声を発した。毛布でうーにゃんの全身をくるみ、押さえていると、やがてうーにゃんの力が抜けていくのがわかった。

「パパ、なにやっているんだろう。早く来ないと間に合わないよ」

 そのときだった。玄関のドアが開き、パパは土足のままうーにゃんの部屋に入ってきた。

「うーにゃんうーにゃんうーにゃんにゃっ」

 舌がもつれて言葉にならない風だった。パパがうーにゃんの耳元でうーにゃんの名前を連呼すると、うーにゃんはうっすらと目を開けた。そして、安堵の表情を浮かべた。

「パパ、帰ってきてくれたんだね。ありがとう。パパといろんな仕事ができて楽しかった。パパとママとみゆの家族になれて、うーは幸せだったよ」

 うーにゃんはか細い声でそう言った。

「なに言ってるんだおまえは。おまえにはもっともっと働いてもらって車の借金を返してもらわないと。おい、勝手に死ぬのは許さないぞ。俺たちを置いてどこかへ行くのは絶対にダメだ。ずっとこの家にいろ」

 パパは嗚咽をこらえながら、いつまでもうーにゃんに語りかけた。でも、うーにゃんが意識を取り戻すことはなかった。うーはネコだよと言わんばかりに、丸くなって息を引き取った。

 

「いまごろうーにゃんは虹の橋を渡った頃かなあ」

 パパとママとみゆは、空を見上げては涙ぐんでいる。空を見ていると、うーにゃんの笑顔が見えるような気がするのだ。

 

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https://www.umashi-bito.or.jp/column/

 

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Profile

髙久多美男

髙久多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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