うーにゃん先生の こころのマッサージ

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ちからのある言葉
ちからのある言葉

森羅万象すべて同じ

2020.08.30

第38話 

 

明々百草頭 

 

「早く救急車を呼べ!」

 パパが大慌てで叫んでいる。

 突然、うーにゃんが動かなくなり、ほどなくして意識を失った。前日まで元気だったのに、急な事態だった。

「なにグズグズしてるんだ救急車は!」

「だって、いま呼んだばかりだから」

 ママが困惑顔で答える。

「うーにゃんに万が一のことがあったら、ぜったいやつらを承知しないぞ。訴えてやる、逮捕してやる、呪ってやる」

「パパ、ちょっと静かにしていてくれる?」

 みゆにたしなめられて、ようやくパパの大騒ぎは鎮まった。

 

 うーにゃんは、救急車で信濃駅近くの大学病院へ運ばれた。診察を受けている間、みゆとパパ、ママは診察室の外で待っている。

 パパの顔は歪み、恐ろしい形相になっている。ときどき、うめき声をもらしたかと思うといきなり立ち上がり、ブツブツ言いながら歩き始める。すれちがう人たちは、オバケでも見るような表情でパパを避けている。

「大丈夫かな、パパ」

 みゆが心配そうにつぶやく。

「うーにゃんも心配だけど、パパも心配ね」

「生きた心地がしないよ」

 みゆは病室の扉とパパの方を見やり、大きくため息をついた。

 やがて看護師がやってきて、「診察が終わりましたから、こちらにお入りください」と言った。

 おずおずと病室に入ると、うーにゃんはベッドに横たわっていた。まだ意識はないようだ。腕に点滴がつながれている。

「先生、どうなんですか、うーにゃんは。まさか、まさかじゃないでしょうね。うーにゃんにもしものことがあったら、私たちはどうすればいいんですか」

「まあ、落ち着いてください。ただの過労です。いま、ブドウ糖を点滴していますから、そのうち回復します」

 医師は冷静にそう言い、言葉を継いだ。

「うーにゃんさんはずいぶん無理なさったんじゃありませんか」

「このところ講演会とか会合続きだったし、連載の原稿も溜まっているし……」

 みゆが答えた。

「ネコは人間のようにエネルギーのストックができませんから、急にバッテリー切れを起こすことがあるんです。もっとも、うーにゃんさんのように働きづめのネコはいませんから、ふつうは問題ないんですけれどね」

「だから言ったじゃない。仕事し過ぎだって。あなたがどんどん引き受けろって言うからよ」

 ママはパパを睨んだ。ふだん、パパに意見を言うことはないが、ここぞとばかり口をとがらせた。

「そうだよ。うーにゃんがあんなに頑張って稼いでも、みんなパパが使っちゃうんだもの。かわいそうだよ、動物虐待だよ」

 みゆも同調する。パパは力なくうなだれ、視線を落とした。

「まあまあ、それくらいにして……」

 絶妙なタイミングで医師が間をとりもった。

 やがて小一時間ほど過ぎると、うーにゃんの意識が戻った。

「う、うーにゃん……」

 パパはうーにゃんの枕元に顔を近づけ、嗚咽をもらす。

「悪かったな、うーにゃん」

 うーにゃんはキョトンとしている。ようやくそこが病室だと気づき、今まで気を失っていたことを悟ったようだ。

「明々百草頭(めいめいたりひゃくそうとう)」

 うーにゃんはかすれ声でそう言った。

「どうしたんだ、またわけのわからないことを言って」

「すべてに命が宿っているよ。気を失っている間、いろんなことがわかった。いろんな風景が現れたよ。木も花も虫も人間もネコも水も石も、み〜んな同じだよ。はっきり見えた。命が輝いているのが見えた。すごいよ、この宇宙はすごいよ」

 みゆはすかさず「禅語辞典」を開いた。

「えーと、明々ははっきりしていること。頭は強調の言葉。百草は百種類の草という意味ではなく、この世のあらゆる生き物、森羅万象、山河大地、瓦礫から塵芥に至るまでのいっさい……とある」

「うん、そうだよ、みゆ」

「どうやら、おまえはすごい世界を覗いてしまったみたいだな」

「うん、そうだよ、パパ」

「わたしも見てみたいわ」

「うん、見られるといいね、ママ」

 うーにゃんはどこまでも〝人のいい〟ネコである。

 

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