褒め言葉は50%に、苦言は150%に
第32話
言中有響
みゆは家に帰ってくると、しばらくうーにゃんと話をする。はじめはお姉さん風を吹かせるものの、途中から形勢が逆転し、うーにゃんに諭される展開になることが多い。
その日もみゆは帰ってくるなり、あられもない姿でベッドに寝そべり、ポテトチップを食べながらうーにゃんに話し始めた。
「今日は取引先の祝賀会に招かれて、いろんな人に会ったよ」
「たしか、みゆがプロジェクトリーダーを任されているんだよね」
「うん。そのプロジェクトが大成功したの。それで、たくさんの人から褒められた。社長にまで握手を求められたよ」
「それは良かったね」
「うん。でも、ひとりだけ、なんかや〜な感じの人がいたけどね」
「みゆのこと、ひがんでいるんじゃない?」
「そういう感じじゃない。すごく冷静な人だし、自信家だし。あのプロジェクトはとりあえず成功したけど、一回しか通用しない企画だからこれからその反動が出るんじゃないかって。もうそんな話、あとでもいいじゃんて感じ。せっかく成果をあげたあとの祝賀会なんだからさ」
うーにゃんは、ふ〜んと言ったきり、黙り込んだ。
「どうしたの、ネコに似合わず難しい顔しちゃって」
みゆがそう言うと、うーにゃんは我れに返ったような表情になった。
「いろんな人から褒めそやされていい気分になっているときに、その人から苦言を呈されて気分を害したってこと?」
「まあ、そういうことかな」
「みゆがどういう企画を考えたかわからないけど、一回しか通用しないということは、打ち上げ花火みたいな内容だったんじゃない?」
「まあ、そう言われてみればそうだけど」
「どうやらその人だけが先を見とおしているような気がする」
「そうかな。心配し過ぎじゃない? 結果が出たんだから、楽しむときは思いっきり楽しまなきゃ」
「そうじゃないよ。そういうときにあえて言いづらいことを言う人は誠実だと思うよ」
うーにゃんは、脚を伸ばしたあと、ネコ座りした。
「言中有響(ごんちゅうにひびきあり)!」
「どうしたの、やぶからぼうに」
「発した言葉が相手に伝わっているかどうか。反対から言えば、相手が発した言葉の真意を読み取っているかどうか。褒め言葉や威勢のいい言葉だけが相手の心に響くわけじゃないよ。ほんとうにその人のことを思って発しているのか、そこを読み取らなきゃ」
「そんなこと言ったって、わたしはお坊さんじゃないんだから」
「面と向かって褒めてくれる人はたくさんいる、それにいちいち浮かれていたら進歩はないよ」
「でも、せっかく褒めてくれているのに……」
「その好意だけ受け取るという意味で、褒め言葉は50%に。反対に面と向かって苦言を呈してくれる人の言葉は5割増しの150%で聞くといいよ。それが自然体でできるようになったら、みゆの成長は保証されたようなものだね」
「それはそうだけど、自分に厳しい人になかなか好意は持てないよ」
「それは言葉の表面だけを受け取っているから。大切なことは、その人がどういう気持ちでその言葉を発したか。ほんとうにその人のことを思って厳しいことを言う場合だってあるし」
みゆは深く考え込んだ。
「現場にいなかったのに、うーにゃんはなんでもわかるんだね。たしかに今思い返すと、厳しいことを言ってくれたその人がいちばん誠実な感じがする。なのに、どうしてや〜な感じと思ってしまったのかな」
「じゃあ、善は急げ。その人にメールしてお礼を伝えて。もう一度、詳しくお話を聞かせてくださいって」
「うん、そうする!」
そう力強く言ったあと、みゆは「ゴンチュウニヒビキアリ、ゴンチュウニヒビキアリ……」と、ぶつぶつつぶやいた。
結局、うーにゃん先生には頭が上がらないみゆであった。
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