人との間合いをはかる
第30話
語尽山雲海月情
ネコの睡眠時間は12時間から16時間、活動するのは人が寝静まってからが多い。しかし、最近〝ひっぱりダコ〟ならぬ〝ひっぱりネコ〟となったうーにゃんの睡眠時間は五時間ていど。毎日9時間眠るパパの半分ていどの睡眠時間。夜型のうーにゃんにとって、昼間の仕事は心身ともにこたえるようだ。
「最近、疲れているみたいだね、うーにゃん」
みゆがそう言うと、うーにゃんは力なくうなずいた。
「もう仕事なんかしたくないよ。ニンゲンの気持ちがわかってきた。ニンゲンはこういう生活をずっと続けているんだね」
「確定申告はちゃんとするんでしょう? 今年はかなり仕事をしたから来年の住民税はかなり上がると思うよ」
「お金なんかいらないよ、うーは。眠りたいときにゴロゴロできればそれで幸せだもの。有名にもなりたくない。今日だって静岡で講演が終わって帰って来るとき、新幹線のなかでサインや握手を求められたり、いっしょに写真に写ってほしいと言われたり。もうほっといてほしい」
「パパがマネージャーだからどんどん仕事とってくると思うよ。こんど車買い替えたいって言ってたもの」
「家族をこき使って好きな車を買おうとしているなんて、パパは鬼だよ」
うーにゃんはトホホ顔になって自分のベッドで丸くなった。
「こんなときに言うのもなんだけど、ちょっと相談があるんだ」
みゆはおずおずと切り出した。
「えー? またぁ?」
うーにゃんは首を上げ、あくびをかみころして答えた。
「パパからも八方美人て言われるんだけど、今わたしが関わっている人を数えてみたら、200人以上いるの。みんなにいい顔してたらどんどん増えそうだし、かといって、無理に不機嫌な表情もできないし。どうせならだれとでも楽しくやりたいじゃない?」
「まあ、それはそうだけど」
「気の合う人とばかり会っていたら世界が狭くなってしまうとか人脈が広がらないとか言われるけど、それはそれで正しいような気がするじゃない?」
「まあ、そんなものかなあ」
「会っていて嫌だなあと思う人でも、うまくやらないと仕事がなくなるかもしれないじゃない?」
「うーん……、まあ……」
「でも、そんなことを考えているうちに、自分のための時間がほとんどないことに気づいたんだ」
「それも問題だね」
「で、どうすればいいの?」
「どうすればって……」
「せっかく関わった人と自分から離れるのってもったいないし、そんなことしたら評判悪くなるよね」
「そうだなあ……」
うーにゃんは腕組みをして考え込んでいる。
うーにゃんは例によって正しくネコ座りし、話し始めた。
「すべてバランスだよ。人との関係がうまくいかなくて孤立するのはいけないけど、かといってどんな人とも愛想よくつき合っていたら、なにもできない。じゃあ、どこで線引きするかってことでしょう?」
「うん」
「積極的に会うべき人は2タイプいると思う。ひとつは、会っていて心の底から楽しいと思える人。自分が無理をしなくてもいい人だよね。みゆなら前向きでいつも楽しそうにしている人が合うよ。もうひとつは、タイプがちがっても尊敬できる人、触発してくれる人。そういう人と交流すると、自分も成長できるよ」
「じゃあ、ほんとは会いたくないんだけど、仕事だからしかたなく会わなければいけないという人はどうなの?」
「そういう人こそ、礼儀をもって絶妙な間合いをとっておつき合いすればいいんだよ。いい関係を保てるよう、間合いをはかれるようになったら本物だよ。そういう人とはけっしてお酒の席に同行してはダメ。適度な距離感を保つことが肝心」
「ということは、みんな同じ距離感・間合いでおつき合いをするんじゃなく、一人ひとり間合いを変えるっていうこと?」
「そうだね。すると、そのうちほんとうの親友ができるよ。まさしく語尽山雲海月の情」
「カタリツクスサンウンカイゲツノジョウ?」
「昔から山と雲、海と月は相性がいいと言われているでしょう? それぞれ個性はちがうんだけど、ドンピシャっていう関係。いつまでしゃべっても話が尽きない。そういう関係が築ければ、その人にとって人生の宝物のような存在になるよ」
「じゃあ、その間合いはどうやって決めるの?」
「それは自分で考えて決めるんだよ。無自覚に行動しちゃダメ。この人はこれくらいの間合いかなあって考えるの。そのうち、たくさん経験を積めば、意識しなくてもできるようになる。意識しても失敗することはあるから、その都度、それを教訓にして間合いをはかる。どお? できそう? 飲み会を断るときの礼儀もきちんとしなきゃいけないよ」
「うん、やってみる。ところで、うーにゃんはパパとの間合いをどうやってはかってるの?」
「そこなんだよね、問題は。こう言ってはなんだけど、よくわからない人だからね。この前、講演の話を断ったら、またノラ猫になりたいのかって脅されたもの」
「ハハハ……。もううーにゃんったら冗談が通じないんだから。パパがうーにゃんを捨てるわけないじゃない。パパは寝言でもうーにゃんの名前を出しているってママが言ってたよ」
「でも、パパには弱いんだよなあ……」
うーにゃんはそうつぶやき、手の甲をペロペロ舐めて顔を洗った。
「やだあ、うーにゃん。ネコみたい」
大笑いしているみゆを見て、うーにゃんは思った。
「うーはネコなんだけど」
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