人を成長させる原動力
第24話
薫風自南来
今日はみゆがアシスタントを連れてくる日。うーにゃんは、少し緊張している。
「ただいまぁ」
みゆが帰ってきた。みゆについてきた人は小柄で細おもて。どことなく、佇まいがある昭和のアイドルに似ている。
「しつれいしまぁす」
彼女が履物をきちんとそろえるのをうーにゃんは見逃さなかった。
「これがうーにゃんだよ」
うーにゃんはみゆの部屋で寝そべっていた。自分を「これ」と言われたことに気分を害したが、両手両足をそろえて座り、「いらっしゃいませ」と言った。
そのとき、女の子は大きな目をさらに大きくして、「うわっ、ネコがしゃべった!」とつぶやいた。
「だから言ったじゃない。うちのネコは人間の言葉をしゃべるって」
「まさかほんとうだって思わなかったんです。みゆさんにからかわれていると思ってました」
「あなたがチカさんですね。すごく気の利く人で助かっているってみゆが言っていました。いつもみゆを助けてくれてありがとう」
うーにゃんは猫なで声でそう言った。
みゆは、「そんなこと言ってない」という表情をしたが、うーにゃんは、いいところは褒めてあげるのがいい。しかも第三者を経由して褒めるのがいちばん効果的だと思っている。きちんと靴をそろえるときの仕草を見ても、整理整頓ができて気配りができる人だということはわかる。
案の定、チカは顔をパッと輝かせた。気持ちを素直に表せる人だ。好感がもてる、とうーにゃんは思った。
クッキーを食べながら、3人は雑談を始めた。チカはうーにゃんの豊かな教養と高い見識に舌を巻いている。
「うちにもうーにゃんのようなネコが欲しいです〜」
「むりむり。うーにゃんのようなネコは世界中どこを探したっていないから」
「ですよね〜」
チカは尊敬のこもった目でうーにゃんを見つめる。
「あ、いけない。今日中に振り込みしないといけなかったんだ。ちょっと近くのATMに行ってくるからふたりで喋ってて」
そう言い置いて、みゆはあわただしく出かけた。
「うーにゃん、ひとつ質問していいですか」
チカはうーにゃんの方に向き直り、あらたまった表情でそう言った。
「うん」
「じつはわたし、ミスばかりしてみゆさんに迷惑かけているんです。それなのにみゆさんは、大丈夫、次から気をつけてって慰めてくれるんです。役に立っていないのにお給料をいただいているのが心苦しくて……。どうすればいいんでしょうか」
うーにゃんは、チカの目を見つめた。素直な澄んだ目だった。そして、みゆはいい人をアシスタントにしたと確信した。
「薫風自南来(くんぷうじなんらい)っていう言葉があるんだけどね、ちょっと想像してみて。遥か遠くまで見渡せる草原に立っていると、爽やかな香りのする風がそよそよと南の方から吹いてくる。どお? イメージするだけで心地よくなれるでしょう?」
チカは目を閉じて、しばらくじっとしていた。
「うん、ほんとう。なんとなく心のなかがじわーっと温かくなっていくような気がする」
「チカさんはみゆの役に立てる人間になりたいって思っているわけだから、みゆにはそういう風が吹いているんだよ。チカさんのおかげで。気持ちよく仕事ができるって、とても大切なことでしょう? どんなに仕事ができたって、いっしょにいて息苦しくなるような人だと疲れるだけじゃない? だから慌てないで。要は、だれかのために役に立ちたいと思い続けることだよ。そうすればぜったいに成長できるから」
「……」
チカは腑に落ちていない様子だ。
「じつはうーもそう思っているんだ。うーは生まれて3ヶ月の頃、田んぼの脇の側溝に捨てられて飢え死にしそうだった。食べるものがなくて土を食べたことも覚えている。そのとき、うーを拾ってくれて、なに不自由ない暮らしをさせてくれているのに、なんにも恩返しができなかった。それがもどかしくてね。そのとき、思ったの。ニンゲンのこと勉強して、みゆの相談相手になろうって。そうすればみゆもママもパパも喜んでくれるはずだって。そう思って勉強しているうちに楽しくなってきてね、気がついたらいろいろ覚えていたってわけ」
「そうなんだ。じゃあ、わたしとうーにゃんは同じ穴のムジナってわけね」
「うーん、こういうときにその言葉は的確じゃないかも。似た者同士でいいんじゃない」
「うん、わかった。うーにゃんがコツコツと勉強してそうなったように、わたしも気を抜かないでできる限りのことをやってみる。これからもときどき相談してもいい?」
「うん、いいよ。うーで役に立てるのならいつでも歓迎だよ。それから、ひとつアドバイスしてあげる。みゆのカレシ、京都の人なんだけど、絶対に京都の悪口を言っちゃダメだよ」
「ハハハハ。わかりました」
チカは気持ちよさそうに笑ったあと、「わたしも彼氏、ほしいなぁ」とつぶやいた。