春風に舞うような叱り方
第23話
鉄槌舞春風
いつものように気持ちよさそうに眠っていたうーにゃんは、電話のベルで起こされた。振り込め詐欺に遭ってはいけないから電話には出なくていいとパパから言われていたうーにゃんだが、なんとなく勘が働き、受話器をとった。案の定、みゆからだった。
「どうしたの、みゆ?」
「うーにゃん先生、ちょっと聞いてほしいんだけど」
うーにゃんは、先生と呼ばれ、身構えた。だいたい「先生」とつくときは相談ごとだ。
「先月からアシスタントの子がきているって言ったよね」
少しずつ仕事が増えてきたみゆは、以前勤めていた会社の先輩の紹介で、社会人になったばかりの女子を雇うことになったと聞いていた。島根県出身で、地元の会社に就職したが、家族の事情で東京に引っ越すことになり、会社を辞め、いっしょに引っ越してきたという。
「社会人になったばかりの子だったよね」
「そう。それがね、なにを言っても要領が悪いっていうか、言ったとおりにやってくれないんだけど、そういう子って、どういうふうに指導したらいいの? 少し注意しただけで泣かれちゃって。わたしが悪者みたいで」
「その子、まじめに仕事に取り組んでいるんでしょう?」
「そりゃあね、先輩の紹介だし。そんなにヘンな子じゃないよ」
「ただ、仕事の仕方がわからないだけなんだね」
「そうかもしれない。でも、毎日毎日、叱ってばかりいると、こっちが疲れてきちゃう」
電話の向こうで、みゆは泣きそうな声だ。
「で、みゆはその子が成長して、戦力になってもらいたいと思っているわけ? それとも、今すぐ辞めてほしいと思っているわけ?」
「そりゃあ、成長してもらいたい。すごくお世話になった先輩の紹介だし」
「それなら答えは出ているよ。みゆが変わらなきゃ」
「えー? だって、できないのはその子なんだよ」
「あのね、鉄槌舞春風(てっついしゅんぷうにまう)っていう言葉があるんだけど」
「また禅の話?」
「いいから聞いて。禅の言葉だから正解はない。常識にとらわれちゃダメととる人もいるし、自由な心を表していると言う人もいる。でも、うーはちょっとちがうとらえ方をしているんだ。叱るにしても、春風が舞っているかのようにしなさいということ」
「……」
「ただやみくもに叱っても、相手は萎縮するだけ。ここはみゆが成長しなければいけない場面なの」
「……」
「人の上に立つということはそういうことなの。今のみゆのレベルで判断しちゃダメ。その子の身になって考えてみなきゃ」
電話の向こうで、みゆは一生懸命考えている様子だ。うーにゃんは、無言のなかにもみゆの心の動きを読んだ。
「みゆが社会人1年目のときって、どんな感じだった? その子よりずっとできてた?」
「ううん。わたしの方ができなかったと思う」
「ほら。そういうことを思い出して、その子に言ってあげてごらん。あなたはわたしが社会人のときよりもいいよって。でも、こういうところを直さないと、いつまでたっても変わらないからいっしょに頑張ろうねって」
「……」
「そうしたら、その子は、なーんだ、みゆさんもはじめはできなかったんだって気持ちに余裕が生まれる。それにみゆとの信頼関係も厚くなる。信頼関係がない状態でどんなに叱っても効果はないよ、人間はロボットじゃないんだから。感情の生き物なんだから。だから、ここはみゆが成長を求められている場面なの」
「わかった。うーにゃんの話を聞いていたら、その子のいいところが見えてきたよ。やってみる」
みゆはうーにゃんの言うことは素直に聞く。うーにゃんは受話器を戻し、ふたたび昼寝の態勢に入った。
うーにゃんの寝息は、春風に舞っているかのように軽やかである。