うーにゃん先生の こころのマッサージ
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ココロバエ
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生涯、自分を支えてくれる言葉

2020.03.10

第21話 

 

一句妙文永劫助 

 

 家族4人で神楽坂のイタリアンで夕食を楽しんだあと、神楽坂を歩いている。

「あれ? あの人、村田諒太じゃないか?」

 振り返りながらパパが言った。

「あら、ほんとう。かっこいいわね」

 ママの声も弾んでいる。

「村田諒太ってだれ?」

 みゆはボクシングはじめ格闘技に興味がない。

「たしか、神楽坂にあるジムに所属していたよな」

 うーにゃんが神楽坂を歩くのは初めてのこと。プロボクサーより、いろいろな店が気になってしかたがない。特にカツオ節を売っている店から漂ってくる、えも言われぬ匂いにうっとりした。

 自宅に帰ってから、村田選手の話題になった。

「村田と言ったら、エンダムとの最初のタイトルマッチだよな。だれもが勝ったと確信した。コミッショナーだってそう思った」

 そう言うなりパパは立ち上がってシャドーボクシングを始めた。ジャブ、ジャブ、左フック、ワンツー、ジャブ、ジャブ、ストレート、アッパーでトドメだぁと言葉を発しながら体を前後左右に動かしている。十数年前、元プロボクサーに手ほどきを受けたことがあるというが、すぐに息が上がり、死にそうな顔をしながら肩を上下させている。

「で、それからどうなったの?」

 みゆはパパの息が整ったのを見届けて、訊いた。

「それがだな、あろうことか判定負け。それなのに判定への恨み節はいっさい封印し、堂々とふるまった。さらに試合の翌日、対戦相手のエンダム選手を訪ね、死闘を尽くしたことへの感謝の気持ちを伝えた。まさに若きジェントルマンだよ」

 その後の再戦で、村田はみごとエンダムを破り、世界チャンピオンになった。

「へ〜、そんなことがあったんだ」

 みゆは間延びした相槌をうった。

「どうして彼がそういう言動を貫けたか、だ。彼はライン・ホールドニーバーの『変えられるものを変える勇気を。変えられないものを受け入れる冷静さを。そして、両者を識別する知恵を与えたまえ』という言葉をしっかり胸に刻んでいる。だから、ああいうふるまいができたんだよ」

「へ〜、ふつうのボクサーのイメージとちがうね」

「たしかにそうよね。ボクサーって、試合の前に対戦相手を汚い言葉で罵ったりするものね」

 ママもみゆに同調した。

「村田はロンドン・オリンピックで金メダルをとったあと、プロに転向したんだけど、試合前の重圧に耐えきれなかったらしいんだ。ヘタすりゃ、試合で殺されることもあるからね。そこで、父親に電話をかけて心境を打ち明けたらしい。それに対して父親はなにも言わず、かわりにニーチェやアドラーやフランクルなどの本を送ったそうだ。これを読めって。彼の信条は、そういう本をたくさん読むことによって涵養されたわけだ」

「カンヨウって?」

「語彙が少ないな。本を読まないからだよ。意味は自分で調べなさい」

 うーにゃんは興味深そうにパパの話を聞いていた。自分もそうだと思ったからだ。今の家族に引き取られ、書斎にある本を片っ端から読んだことによって人生(ネコ生?)が格段に充実してきた。それを思い返したのだ。

「自分を支えてくれる言葉を持っている人は強い。人はそれを座右の銘と言う」

 うーにゃんはフムフムと頷いた。

「うーにゃんなら、座右の銘はいくつもあるだろう?」

「うん、あるよ。特に禅の言葉はうーを支えてくれている」

「そうか。まさに、一句の妙文……」

 パパはうーにゃんに後半の言葉を促す。

「永劫を助く、だよね」

「さすが、キジトラのネコは優秀だな」

 パパはキジトラのネコを偏愛している。

「一句の妙文 永劫を助く(いっくのみょうぶんえいごうをたすく)。たったひとつの言葉がその人を生涯助けてくれるという意味だ。みゆもいっぱい学んで、そういう言葉を探しなさい」

 どんな会話の結論も最後はみゆに向けられる。

「は〜い」

 あまりにも軽い返事に、ほかの3人は肩透かしを食った。

 

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Profile

髙久多美男

髙久多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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