〝みんな同じ〟が平等ではない
第17話
春色無高下 花枝自短長
ファッション雑誌をめくりながら、みゆがつぶやいた。
「いいなあ、こんなに肌がきれいで。脚も長いし」
「この人、八頭身じゃない? いいなあ……」
「こんなにきれいな人に生まれたら、人生変わるんだろうね」
みゆの部屋の片隅で昼寝を決め込んでいたうーにゃんは、みゆのつぶやきを聞きながら、ときどき目を開ける。ちがう、そうじゃないよ、と声に出そうと思ったが、言葉を飲み込んだ。
ついに、こらえきれなくなって言葉を発したのは、みゆがこうつぶやいたあとだった。
「だいたい、不公平なんだよね」
不公平?
うーにゃんから見れば、みゆはなに不自由ない暮らしをしている。まるでおとぎ話の世界だ。
「ねえ、みゆ」
意を決して、うーにゃんは、強い口調で諌めた。
「みゆは勘ちがいしていると思うよ」
「なんのこと?」
みゆは、むっとして言い返した。
「だって、そうじゃない? モデルと自分を比べてどうするの? 人は人だよ。その人にだって悩みはあるかもしれないよ」
「ないよ、こういう人には」
「どうしてそんなふうに言い切れるの。それに、みゆには関係ないことでしょう。みゆは自分が恵まれていると思っていないの? 感謝することを忘れたらバチがあたるよ」
「バチってなに? 変なこと言うね、ネコのくせに」
きょうのみゆは、やけに機嫌が悪い。そんなときに口論しても仕方がないと思いつつも、いい機会だから言うべきことを言おうと思った。
「考えてごらん。ニンゲンに生まれてきただけですごくラッキーだよ。世の中にはたくさんの生き物がいるけど、そのほとんどはただ本能に従って生きているだけ。しかも、生まれてから死ぬまで、生存競争に明け暮れている。でも、みゆには楽しみがいっぱい」
「えらそうなこと言っているけど、うーにゃんだって三食昼寝付きじゃない。そのへんの野良ネコと比べたら贅沢ざんまいだよ」
「……」
うーにゃんは痛いところを突かれて一瞬黙ってしまったが、ふたたび気を取り直して言った。
「同じニンゲンでも、アフリカとかの食べ物がない国に生まれたと想像してごらんよ」
「そんな遠い国のことはわからない」
「お隣の中国だって、たしかに経済的な成長はすごいけど、ほんとうの自由はないよ。政権を批判することもできないんだから。中国は国防費よりも治安維持費の方が多いって知ってた?」
「だからなんなの?」
「それだけ国に監視されているってこと。その点、日本を見てごらん。捏造してまで日本を貶めている新聞だって許されるんだから。こういう国が当たり前と思ったらいけないよ」
「あらあら、うーにゃん先生、こんどは国家についての説教ですか」
みゆはますますへそを曲げた。
うーにゃんはしばし考えて、アプローチを変えようと思った。
「みゆを非難しているんじゃないからね。うーはみゆのことが大好きだから、いい人生をおくってほしいって思っているだけ」
うーにゃんは大きく深呼吸し、努めて穏やかな口調で、噛みしめるように言った。
みゆの肩から力が抜けていくのがわかった。
「同じ結果になることが平等だと言う人がいるけど、それはちょっとちがうと思う。だって、自然界を見たらわかるけど、同じ種類の生き物だって、それぞれだよ。大きいのもいれば小さいのもいる。強いのもいれば弱いのもいる。弱いものは生き残れない。それが自然界の大原則だからね」
「じゃあ、平等ってなによ?」
「春色無高下 花枝自短長」(しゅんしょくにこうげなし かしおのずからたんちょうあり)
「また、禅語?」
「そう。だって、本質を短い言葉で表現しているから」
「どういう意味?」
「春の日差しは公平に当たるけど、花や枝は長いものもあれば短いものもあるっていうこと。つまり、機会は平等でも、結果が同じになるとは限らないということ。みゆは一人っ子だからわからないと思うけど、同じ両親のもとに生まれたきょうだいだって、体格や性格がちがうことが多いよ。でも、それが当たり前なの。みんなちがって当たり前。だから、むやみに人を羨んでもしかたがない」
「たしかに、うーにゃんを見ているとそうなのかも。だって、うーにゃん、どこにでもいるキジトラの雑種だけど、幸せそうだもの」
みゆは、微笑みながらそう言った。
「う〜ん、そう言われると複雑な心境だけど、言っていることはまちがっていない気がする」
「そうだよ、うーにゃんはどこにでもいるキジトラの雑種。でも、幸せだから、血統書付きのネコと比べる必要がない」
(……もうこれくらいにしてほしんだけど)