うーにゃん先生の こころのマッサージ

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ココロバエ
美し人

作為の落とし穴

2019.12.29

第14話 

 

無作妙用機 

 

 みゆは妙に浮かない表情をしている。

「どうしたの、みゆ」

 心配そうにうーにゃんが訊いた。

「ミサキの会社がつぶれちゃったんだ」

「え? ミサキちゃんの会社が?」

 ミサキはみゆが会社勤め時代の同僚で、同じ時期に東京に戻って起業した。業種はちがえど、みゆとミサキはお互いに刺激し合えるいい関係だった。うーにゃんも何度か会ったことがあるが、うーにゃんにさえ気を遣っていた。特に肉球のマッサージは絶妙で、うーにゃんは昇天する思いだった。

「あんなに一生懸命仕事してたのに……ね」

 ミサキの会社が急成長していることは、うーにゃんも知っていた。ときどき、みゆから聞いていたからだ。コンペにも積極的に参加し、少人数で一般管理費が少ないという零細企業の強みを活かして価格を下げ、飛ぶ鳥落とす勢いで新しい仕事を獲得していた。夜の会食接待や誕生日カード、盆暮れのギフトなど、およそ考えられる限りの「営業活動」も彼女の武器だった。それなのに……。

「わたしよりミサキは何倍も頑張っていたのに」

 すべてをひとりでこなさなければいけないみゆにとって、ミサキがやっていたような「営業活動」を続けるのはできない。くわえて、ひとりっ子のみゆは生来、のんびり屋で細やかな気遣いをするのが不得手だった。そんなわけで、みゆの会社の売上は上がったり下がったりの繰り返しで、成長しているといってもカメの歩みに近かった。

「でもね、考えてみれば、当然の結果かもね」

 うーにゃんがそう言った。

「え? なんで?」

「ミサキちゃん、作為の落とし穴にはまったんだよ」

「作為の落とし穴?」

「そう。無作妙用機(むさくみょうようのはたらき)という言葉があるんだけど、策を弄し過ぎたんじゃない? 一心不乱に目の前の仕事に取り組んで、いい結果を出すことだけを心がけていれば、いつしか数字もついてくる。世の中って案外そういうものだと思う」

「うーにゃん、世の中のこと知ってるの?」

「いろいろ本を読んだ限りはね」

「たしかに、そういうケースって多いよね」

「ミサキちゃんは、その反対をやってたと思うよ。気遣いができるのは素晴らしいことだし、一生懸命営業するのもりっぱなことだと思うけど、会社の能力以上の仕事を請け負ったら仕事の質が落ちてくるのは当然だよ。老舗の料理店とかお菓子屋さんだってそうじゃない? 一店舗でコツコツとやっていたころはていねいに作っていたのに、店舗を増やしてから質が落ちてお客さんが離れてしまうってことがよくあるじゃない?」

「わたしはもともと器用じゃないし、ミサキみたいに気が利かないから、ちょうど良かったのかな。それにね、仕事は気持ちよくやりたって思う。無理して自分に合わない仕事をとってきても、苦しいだけだよ」

「みゆはマイペースだね。それがいいのかも。いまはなんでもかんでも策を弄さないといけない風潮だから。策に溺れるというのはビジネスだけじゃなく、あらゆる世界にあるよ。ミサキちゃんは大企業の仕事のやり方をしてしまったんだ。なるべく早く結果を出そうと思ったんだろうけど」

「大企業のやり方?」

「社員一人ひとりの個性を活かすという考えではなく、組織全体のパワーを上げるという手法。言い換えれば、社員はいつでも取り替え可能。部品と言っては言いすぎだけど、それに近い存在としか考えていない。だから、一人ひとりの判断に任せることはしないでしょう?」

「たしかに、わたしもサラリーマン時代は自分で決められなかったし、すべて上司の言うとおりにしなければいけなかったわ。あれを思うと、いまは天国」

「大きな組織が個人に裁量権を与えていたら、組織が崩壊してしまうからね。せいぜい社員数百人規模が限界じゃないかな」

 ふ〜。ふたり同時にため息をついた。

「事業を続けるって、難しいね」

 みゆがしみじみと言った。

「そうね。起業して10年続く会社って、7パーセントくらいしかないって聞いたことがあるよ」

「それだけ?」

「コンペで勝ったとはいっても、そういう会社は翌年もコンペをやるだろうし、そのときにも勝つとは限らない。価格を下げて仕事を獲るということは、もっと価格を下げられたら負けてしまうということ。要するに、取引の始まりが本質的じゃない。もっと、小さな会社なりのやり方がある。その人の個性を前面に出して、その人じゃなかったらダメという仕事をする。だって、替わりの人があまりいなかったら、そうそう仕事を失うことはないでしょう? それに、仕事をとおしてニンゲン関係を深めれば、さらに盤石だと思うよ。どんなに時代が変わっても、人は気持ちよく仕事ができる人と仕事をしたいはずだから」

「人間関係を深めるって、接待とか誕生日カードとかバレンタインに贈り物をするとかっていうのとはちがうんだよね」

「みゆも大事なことがわかってきたね」

「うーにゃん先生がいつも近くにいて教えてくれるからね」

「今日はいいこと言うのね、みゆ。モンプチ分けてあげようか?」

「え? モンプチ? この前、ちょっとだけ食べたけど全然美味しくなかった」

「盗み食いしたんだ?」

「……まあね」

 そう言って、みゆは恥ずかしそうに微笑んだ。そして脳裏にパパが口癖のように言っている「すぐに得たものは、すぐに失われる」という言葉がよみがえった。いつもヘンテコリンなことをしてみんなに笑われているパパだけど、ほんとうは大事なことがわかっているのかもと、みゆはちょっぴり見直した。

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Profile

髙久多美男

髙久多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

多樂塾

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