孤独と孤立はちがう
第11話
相識満天下 心知能幾人
夕食が済んで、部屋に入ってから、みゆはずっと電話で話している。うーにゃんはするりと身をよじらせ、ドアの隙間からなかに入った。
みゆがだれかの相談にのっているということは、うーにゃんにもわかった。声色から察するに、深刻な相談のようだ。
「ふ〜」
ようやく電話を切ったみゆは、うーにゃんを見て、深くため息をついた。
「最近、こういう電話が多いんだよね」
「友だち?」
「何回か会っただけだし、友だちという感じじゃない……。それなのにいきなり悩みごとを相談されても……」
「みゆならなんでも聞いてくれると思われてるんじゃない? いつも気持ちがフラットだし。パパも言ってたよね、みゆは落ち込んだことあるのかって」
「そりゃあ、わたしだってあるよ。ただオモテに出さないだけ。そこをパパはわかってない」
「で、その友だちはなんだって?」
「うーにゃんに言っても解決するわけじゃないし……」
そう言いつつ、みゆは説明を始めた。それによると、その知人は自分を不幸のかたまりだと口癖のように言っているのに、SNSでは楽しいことばかり書き込んでいるという。
「で、その反動なのか、愚痴を書き込めるアカウントを持っているらしく、そこでやりとりしているうち、ある人と会うことになったんだって」
「危険だよ。最近もあったじゃない。そういうところから殺人事件になったことが」
「だからね、会わない方がいいよって言ったんだけど」
みゆはほとほと疲れ切ったような表情だ。
「その子、フェイスブックでは友だちが700人以上もいるんだよ。3ヶ月前に会ったとき、そう言ってた。だから700人がアップしたものをほとんど読んでるんだって。馬車馬のように働いているわたしからすると、よくそんな時間あるよねって思っちゃう」
「フェイスブックで700人も友だちがいて、相談できる相手がいないんだね」
「だと思う。わたしに電話をかけてくるくらいだから」
うーにゃんは、きちんとネコ座りし、居住まいを正した。
「くるぞ、くるぞ」
みゆが囃し立てた。
「うーにゃんがそうするときって、先生になるときだよね」
うーにゃんは横目でじろりとみゆを見たあと、つぶやいた。
「相識満天下 心知能幾人(あいしるはてんかにみつれども こころをしるはよくいくにんならん)」
「その心は?」
「識っている人はたくさんいるけど、心が通じている人は何人いるの」
「まさに今の電話の子のことだね」
「しるという言葉を知識の知と識で使い分けているところがミソだよ。ただ、形だけ知っているのと深く理解し合っているのはちがうってことを言いたいんだと思う」
「たしかにその子、いつも孤独だって言ってる」
「孤独が怖いからたくさんの人とネットでつながろうとするんだよね。でもね、孤独は悪いことじゃない。孤独と孤立はちがう。孤独はその人が成長するうえで必要なことだけど、孤立はまわりからの信用を失って一人ぼっちになってしまった状態のことだから」
「うん、わかる」
「勉強するときって、ひとりでしょう? 仮にだれかといっしょに学んだとしても、勉強しているのは自分ひとり。孤独を恐れていたら、絶対に成長できない。それにね、孤独に耐えて成長した人は、同じような人と出会う仕組みになっている。それがさっきの言葉の後半に出てくる心を知る人のことで、少しでいいからそういう人がいることが大切なんだよ」
「いつも思うんだけど、うーにゃんはどうやってそんなことを学んだの?」
「本を読んだり、パパやママから聞いたり。それから、みゆに教えることでも学びになっているのかも」
「えー! なんでわたしにだけ上から目線なのよ」
そう言って、みゆは怒ったふりをした。
「でもさあ、うーにゃん。さっきみたいな電話があったとき、どう言えばいいのかな」
「すぐに効果が表れる方法はないと思うけど、いちばん効果的だと思うのは、自分が憧れるような人たちと交わって感化されることだよ。でも、そういう場が居心地悪かったら、どうしようもないね。処置なしだよ」
「突き放しちゃうってこと?」
「そう言うとすごく冷たい感じだけど、実際、すべての人と関わっていくことはできないからね。それに自分以外の人を変えられると考えるのは傲慢だと思うよ」
「わたしもそう思う。いろんな人がいて社会が成り立っているし、だからこそ世の中って面白いんだよね」
「そうそう。そういう間合いというか割り切りも大切だよ」
みゆはそう言って、「孤独をおそれない」と紙に書いた。
そのとき、パパが帰宅した。たしか今日は5年ぶりに知り合いに会うと言っていた。
「パパ、おかえり。なにかいいことあったの? 顔がにやけてるよ」
パパの心のなかは手に取るようにわかる。うれしいときはうれしい顔、怒っているときは怒っている顔。「オレは顔と心が直結しているんだ」がパパの口癖だ。
「今日会ったヤツがさ、おもしろいんだよ。しばらく会わないうちに、いろんなことを始めてる。そういう点じゃ、オレも同じだけどな」
「会うの、5年ぶりって言ってたよね」
「あ? 7年ぶりだったかもしれないな」
「その間、会いたいと思わなかったの?」
「遠くにいるしな。それに、ほんとうの友だちならそう頻繁に会う必要はないだろ」
みゆは、電話で相談されたことをかいつまんでパパに説明した。
「やみくもに人とつながろうとするヤツがアホなんだよ。アホと関わるとアホがうつるから気をつけなさい」
パパはそう言ったあと、片足ケンケンをしながら自分の部屋へ向かって行く。途中、ふらふらとよろけそうになったところでみゆとうーにゃんは顔を見合わせて笑った。