うーにゃん先生の こころのマッサージ
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ちからのある言葉
ちからのある言葉

子供のように一瞬一瞬を生きる

2019.11.20

第10話 

全機現 

「あら、たいへん。どうしたの? そんな真っ赤な顔をして」

 帰宅したパパにママが声をかけた。

「どうしたもこうしたも、焼け死ぬかと思ったよ」

 パパはそう言いながら、ジャケットを脱いだ。

「焼肉をしこたま食いながら、興奮状態の連中が雄叫びをあげるのをずっと聞いてた。なんていうか電気ストーブを抱いているような感じだった」

「パパ、きょうは現代の松下村塾とか言われている塾の卒塾式に招かれてたんだよね」

「おー、みゆか。おまえが松下村塾という言葉を知っているとは珍しいな」

「だってこの前、パパが言ってたじゃない?」

「あ、そうかそうか。それにしても最近顔を見なかったから家出でもしたのかと思ったぞ」

「それならもっと心配そうな顔をしてよ。娘のこと、心配じゃないの?」

「おまえのことは心配するだけ損だ。たくましいヤツだからな」

 そのひとことを聞いて、うーにゃんが吹き出した。

「なんだ、うーにゃんもいたのか。あいかわらず食っちゃ寝の生活なんだろう? 羨ましい限りだよ」

 うーにゃんは反論したかった。みゆの人生相談を担当しているだけでもけっこうたいへんなのだ。それだけで食事代くらいの価値はあると思っている。

「そんなことよりさ、その塾ってなんなの?」

「それがだよ、世界に通用する人材を育てるって志でね、体育会系のやつらに理論武装と熱い情熱を叩き込んでる。卒塾式の名前が全機現っていうんだからピリピリくるだろ?」

「ニャーオ」

 思わずうーにゃんが鳴いた。

「やだあ、うーにゃん。ネコみたい」

 どうやら、うーにゃんはその言葉に反応して、ネコ本来の鳴き声になってしまったようだ。

「……あの、うーはネコなんだけど」

「忘れてた!」

 みゆが頓狂な声で言った。気楽なもんである。

「学びの区切りに全機現という言葉を使うのはすごいね」

 うーにゃんが感心した面持ちで言う。

「ゼンキゲンってなに?」

「そうか、みゆはわからないのか。じゃあ、うーにゃん先生に教えてもらいなさい」

 みゆは横目でうーにゃんを見た。うーにゃんよりモノを知らないということをまったく意に介していない。

「うーにゃん先生、どういう意味なの?」

 うーにゃんはネコ座りして、瞑目した。

「たとえば、今まで何年も準備してきたプロジェクトの結果が、今日のプレゼンで決まるとするじゃない? そのとき、みゆならどうする? 前の日に深酒とかする? 朝、寝坊する?」

「うんうん、なにが言いたいか、わかる」

「その目標を成就させるために真剣に向き合うでしょう? つまり、その一瞬を生ききるということ。それが全機現。禅の言葉だからこれが正解というのはないけど、うーはそう思ってる」

「でも、ずっとそれじゃ疲れてしまうよ。たまには休んだり、遊んだりしなきゃ」

「そう。休むのも遊ぶのも真剣にやるの」

「真剣に休む? 真剣に遊ぶのはわかるとして、真剣に休むってどういうことかわからない」

 ようやく体のほてりが引いたパパはソファに体全体をなげうち、みゆに言った。

「幼稚園くらいの子供を見てごらんよ。あれが全機現だ。遊ぶとき、100パーセント夢中になってるだろう? みゆだって子供の頃、夢中になってうーにゃんと鬼ごっこしてただろう? 昼寝するときも100パーセント夢中で眠ってた。あれこれよけいな心配をしないで、全身全霊で眠っていた。あの感覚だ」

「へ〜、難しそう。わたしはもう大人だから」

「休みの日にスマホでSNSばっかり見ているようじゃ、真剣に遊んでいない証拠だ。やろうと思えば、おまえもできる」

「どうやって?」

「なにごとも訓練だ。ひとつひとつの動作に意識する。意識することを習い性にする。反対に、なんにも考えないときは心のなかをからっぽにする」

「えー? そんなのムリ。パパはできるの?」

「そりゃあ、できるさ。眠るときはなんにも考えないで真剣に眠る。遊ぶときも仕事のときも一心不乱に打ち込む。美人に見惚れるときは一心不乱に見惚れる」

「うーん、なんかよくわかんない」

「すぐにそうできない場合は、感謝するといい。こんなふうにできてありがたいなって。なんでも当たり前になってしまうからダメなんだ。そういうのを馴れ合いという。毎日食べられるのが当たり前、仕事があるのが当たり前、家族がいるのが当たり前。そうやって自分の生活と馴れ合いになった先に、不満や心配ごとが待っている」

 そう言って、パパは立ち上がり、シコを踏んだ。いまだにパパの行動は先が読めない。

「だよな、うーにゃん」

 うーにゃんは丸い目をさらにまん丸にしてうなづいた。

「うん、そう思うよ、パパ。うーはニンゲンと比べて長生きできないから、よけいにそう思うよ。一日一日がありがたいって。うーを拾って育ててくれたみゆやママやパパに恩返しがしたいって、いつも思ってる」

「フン、恩返しが寝ることか、おい。すごい恩返しがあったもんだな」

 そう言って、パパは笑みを浮かべながらうーにゃんの下腹を揉んだ。

 うーにゃんは気持ちよさそうに喉をゴロゴロ鳴らした。うーにゃんは、可愛がられるときも「全機現」なのだ。

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