うーにゃん先生の こころのマッサージ
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どこにも感動のタネはある

2019.10.30

第8話 

一片好風光 

「あんなに並んでる〜」

 みゆは小走りに団子屋に向かっていたが、行列を見て落胆の声をあげた。ここで団子を買い、横浜の港や都心を遠目に見ながら食べることを楽しみにしていたのだ。うーにゃんも失望の色を隠せない。

 ここは高尾山の中腹にある見晴台である。

「ちーがーうーだーろー!」

 ふと行列の前方で怒声が聞こえた。70歳くらいの男が若い女性店員を叱りつけている。

 しばらく聞くうち、事情がのみ込めてきた。自分のあとに注文した人が先に団子をもらったことに腹をたてていたのだ。

 パパはつかつかと店員と男に近づき、ふだんの3倍くらい大きな声で言った。

「気にするんじゃありませんよ、おねえさん。怒りっぽくて、みそっかすのようなくだらない人間はどこにもいますからねぇ〜」

 男の顔からみるみる血の気が引いた。

「み、み、みそっかすのような、くだらない……だと?」

 口から泡を吹きそうなほど平静さを失っている。

 パパはじいーっと男の顔を見つめ、呆けた表情で、「ミソカツ?」と言ったあと、呵呵(かか)と大笑した。まったく脈絡のない攻め方である。

 ──またかぁ。争いごとにならなければいいのだけど……。

 みゆは脇の下に冷たいものを感じた。

 しかし、70男は言葉を発することができず、喉をヒクヒクさせるだけだ。

 パパは、ビートルズの『ゲット・バック』のサビの部分を大きな声で歌い始め、とどめを刺した。おまえなんか帰れ帰れと言っているのだ。

 ──なんという皮肉。

 こんな人と関わってはろくなことにならないと思ったのか、男は黙ったまま、すごすごと引き下がって行った。

 

「気持ちいいなあ」

 パパは深呼吸をしたあと、団子を頬張る。せっかちだから、いっぺんに口に入れてもぐもぐしている。

「うーにゃん、バテちゃったみたいだね」

 みゆはうーにゃんに声をかける。

「だって、山登りなんか生まれて初めてだもの。もうこれ以上歩けないよ」

 うーにゃんは弱音を吐いた。

「まったくネコは持久力がないからなあ」

 パパは痛いところを突いてくる。たしかにネコはダッシュは得意だが、持久力がない。

「みゆ、うーにゃんをおんぶして行きなさい」

「えー! そんな、ムリ。それに目立ちすぎ」

「おんぶがいやなら抱っこしていきなさい」

 結局、みゆはうーにゃんを抱っこし、肩のところにうーにゃんの両腕を載せて歩くことにした。福岡に赴任していた3年間以外、幼い頃からずっといっしょだから、抱き方も心得ている。

 頂上のベンチで弁当をひろげる。晩秋とはいえ、日向にいると体じゅうがぽかぽかしてくる。パパはベンチに座ったまま、眠りこけてしまった。お昼を食べたあと、昼寝をするのはどこへ行っても変わらない。

 秋の葉の匂いをたっぷり吸って日々の疲れを癒し、山を下った。

 麓のレストランの入口に足湯を見つけた。

「あ、足湯だ。みんなで入ろうよ」

 みゆがとっさに言った。

「うーにゃんが入っても大丈夫かしら」

 ママは心配そうだ。

「なーに、大丈夫さ。うーにゃんは家族の一員なんだから」

 どうもパパの理屈はムリがあるような気がしたが、みんなで足湯に浸かることにした。

「サイコウ〜」

 4人の声が重なった。

 うーにゃんもみゆに抱っこされ、湯に浸かっている。うーにゃんは天にも昇る心地だった。

「高尾山ってそんなに高い山じゃないけど、同じ高さの駅の階段を昇れって言われたら、どうする?」

 パパに問われたみゆは「そんなのムリ」と答える。

「じゃあ、なんできょうは登れたんだろうな」

「山だからじゃない?」

「答えになってないなあ」

「じゃあ、なんなの?」

「体が喜んでいるからだよ。コンクリートの壁を見ながら階段を歩いても体は喜ばないだろ? でも、ここなら空気もうまいし、景色もいいし、木の葉の匂いもいいし、鳥の鳴き声や風の吹く音が耳に心地いいし、なんでもそろってる。おまけに地球のエネルギーをダイレクトにもらえる」

「体が喜ぶと力が出るの?」

「あたりまえだよ。体は正直だからな」

「そうかぁ。たしかに体が喜んでいたわ」

「うーにゃんならこの境地をなんと言う?」

 おもむろにパパは右手でこぶしをつくり、うーにゃんの顔の前に指しだした。どうやらマイクのつもりらしい。

「一片好風光(いっぺんのこうふうこう)」

「おまえは持久力はないが、ものごとの本質はわかっているようだな」

 すかさず、パパはうーにゃんをくさしながら褒めた。

「どういう意味なの?」

 みゆがうーにゃんに訊いた。

「身の周りには素晴らしいものがたくさんあるってことかな。有名な観光地に行かなくても、その気になって周りを見たら、すごいものばかりだよ。ほら、あのケヤキの木だって、素敵だよ。あんな形、どんなに偉大な芸術家だって作れないもの」

「なるほどねぇ〜」とママ。

「そういうことを忘れて、不平不満ばかり募らせていると、さっきのみそっかすオヤジみたいに怒りっぽくなる。ま、はやり言葉を使うあたり、どこまで本気で怒っているかわからないけど、悪い手本にはまちがいない。そうならないよう、自分の心と体を喜ばせなきゃな」

 そう言って、パパは気持ちよさそうに「Get back to where you once belonged」と歌い出した。

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