うーにゃん先生の こころのマッサージ
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進退窮まって活路拓ける

2019.09.19

第4話 

大死一番絶後再蘇 

 ひさしぶりの家族団らん。みゆ、パパ、ママ、うーにゃんが食卓を囲んでいる。

 うーにゃんにも専用の椅子がある。椅子に座ると、テーブルの上からちょこんと顔だけが出る。それを見て、みゆがクスッと笑った。

 うーにゃんの夕食のメニューは決まっている。モンプチ一袋と五ミリ四方くらいのカマンベルチーズ数個。しかし、食器は作家もののガラス皿。「ネコもなるべく本物に触れる」という当家の流儀にのっとっている。

「きのう、すごい人に会ったよ」

 みゆが興奮気味に話し始めた。

「その人、友だちと資金を出し合って会社をつくって自然食の居酒屋を始めて大当たりしてね、3店舗に増やしたのはいいんだけど、近くに競争相手ができてから売上が減って倒産しちゃったの。パートナーは逃げてしまったんだけど、その人は借金を全部引き受けたんだよ」

「友だちと始めるのは簡単だけど、事業がうまくいったという話はほとんど聞かない。みゆも安易に友だちを巻き込んではいけないぞ」

 パパは好物のパクチーが入ったサラダをパクパク食べながら、そう言った。

「うん。でね、その人、昼間は宅急便の運転手、夜はバーテンダーのバイトをして、5年で全額返済したんだって」

「ほほう。バルザックの『セザール・ビロトー』みたいだな」

「でね、その人、こんどは経営セミナーの事業を始めたの。自分の失敗体験を生かせるからって。バイト時代に出会った人たちから口コミで広がって、今はすごい評判だよ」

「じつに教訓にみちた話だな。世の中は格好の参考書ばかりというわけだ。うーにゃん先生なら、この話からなにを読み取る?」

 パパはうーにゃんに話を振った。

 ちょうどチーズを口に入れたばかりのうーにゃんは、急にパパから先生と言われたものだから、あわてて呑み込もうとしてむせてしまった。パパは、うーにゃんがみゆの指南役になっているのを知っているのだ。

「ほら、みゆ、うーにゃん先生のご宣託だ。ノートの用意はいいか?」

「えー? どうして?」

「聞いたときはわかったつもりでも、すぐに忘れてしまうもんだ。とにかく脳ミソを信用しちゃいけない。ケロッと忘れるから。大事なことはノートを取る習慣をつけなさい」

「うーにゃんの言うことがそんなに大事なことなのかなぁ〜」

「いいから、早くノートを持ってきなさい」

「なんか、プライド傷つくわ〜」

 嫌々立ち上がりかけたとき、「はい」とママがみゆにノートを手渡した。ママはことのなりゆきを予想して、手元にノートを置いていたのだ。

 うーにゃんはようやく呼吸が整い、椅子の上でネコ座りして、こう言った。

「大死一番絶後に再び蘇る」

「ほー、そう来たか」

 パパはしきりに感心している。

「で、その心は?」

「一度死んだつもりになって、一から学び直せば活路が拓けるということかな。易経の『窮すればすなわち変ず、変ずればすなわち通ず』もそういう意味だよね」

「そのとおり。日産自動車だってカルロス・ゴーンが来るまで変われなかった。ま、ゴーンは自ら晩節を汚してしまったが、彼がやってくるまで、日産の幹部は誰ひとり、危機感を覚えていなかったのは事実だ。そのうちなんとかなるだろうと高をくくっていた。だれひとり当事者意識がなくて、だれかがやってくれるはずだと思っていた。しょせん、エリートサラリーマンの集まりだ」

「江戸時代の終わりごろ、松浦静山(まつらせいざん)という人が、『勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし』って言ったけど、失敗にはかならずはっきりした理由があるよね。でも、なかなかそれに気づかない。のっぴきならないところまで追い込まれて初めて気づいて、ようやく変わろうとする。変わるきっかけになるんだから、大きな挫折を体験することも意味があるよね」

「ほほー、さすがうーにゃん先生。禅と易経と松浦静山をからめて説明してくれるとはおそれいった。ネコにしておくのはもったいないな。みゆ、ちゃんとメモしたか?」

「なんかさあ、うーにゃん先生の言葉って、いっつも難しくって……」

 スマホで語句を確かめながらノートを取るみゆを、ママが笑顔で見つめている。

「その人は失敗から多くのことを学んだ。人間関係や社会の成り立ちなどについて、じっくり考えたはずだ。自分のどこがまちがっていたんだろう、どこに原因があったんだろうって。そうやって学んだ人はそのあと道が開けるけど、学ぼうとしない人はどんどん坂を転げ落ちる。これは時代がどんなに変わっても、不変の真理だ。みゆもよく肝に銘じておくように」

「でもパパ、もっと重要なことがあると思うよ、うーは」

 うーにゃんが首をせいいっぱい伸ばして、そう言った。

「ほほ〜、言ってみるがいい」

「ものごとが悪くなるときって、一気にそうなるわけじゃないよね。なにか些細なことから始まって、気がついたら取り返しがつかなくなっていたってことが多いと思うんだ。だから、よく観察して、失敗の芽を摘むことが肝心だよ。老子にもそういうことが書いてある。天下の大事は細(さい)よりおこるって。問題はやさしいうちに対処すれば簡単に解決できる。ひどくなるまで放っておくのは賢明じゃないよね」

「そう! そのとおり。おまえは眠ってばかりいるようだけど、真理を突いている。えらいぞ、うーにゃん」

 そう言ってパパはいきなり立ち上がり、四股を踏んだ。

 褒められたうーにゃんは、恥ずかしそうに顔を赤らめ、下を向いた。

「うん。やっぱり、うーにゃん先生にはどう転んでもかなわないわ」

「じゃあ、うーにゃんの爪の垢を煎じて飲みなさい」

「……わかった」

 素直なところが、みゆの取り柄なのである。

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