うーにゃん先生の こころのマッサージ
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すべては〝差し引きゼロ〟と心得よ

2019.08.19

第1話 

一得一失 

 うーにゃんは、どこにでもいるキジトラ模様のメスネコである。言うなれば、世界標準。ど真ん中のスタンダード。王道を行く、ネコらしいネコである。生まれて3ヶ月後、道ばたに捨てられたが、餓死する直前に拾われた。現在12歳。

 うーにゃんを拾ったのは、当時小学6年生の女の子とその両親である。

 女の子の名は、みゆという。大学を卒業してIT会社に就職し、福岡に赴任したが、3年後、退職して東京に戻り、新しい生活スタイルの提案をネットで発信する事業を始めた。

 パパはなにをして収入を得ているのか、いまだによくわからない。そもそも仕事をしているのを見たことがない。神出鬼没、なにをしでかすかまったく予測できない。頭がいいのか、おバカなのかもわからない。ママは一見、ふつうの人に見えるが、パパに輪をかけて浮世離れしている。

 ある日、奇跡が起きた。宇宙からの強いエネルギーが昼寝していたうーにゃんをピンポイントで照射したのだ。瞬間、うーにゃんは賢い人間と同じくらいの知能を身につけてしまった。いきなり「うーを拾ってくれて、ありがとう」と人間の言葉を喋ったのを聞いて、パパは腰を抜かしてしまった。

 それからうーにゃんは本をかたっぱしから読みあさり、あらゆることを学んだ。

 もともとネコは禅を体現しているような生き物だが、うーにゃんは朝起きると、まずは30分間、座禅をするのが日課だ。そんなうーにゃんを、みゆは相談相手にしている。

 

「うーにゃん先生、ちょっと聞いていい?」

 だいたい、うーにゃん先生と呼ばれるときは要注意だ。ふだんはネコの脳みそは小さいとか睡眠時間が長すぎるなどとさんざんな言いようなのだから。ちなみに、うーにゃんの正しい名前は海である。海の日に拾われたので、そう名づけられた。

「どうしたの?」

 うーにゃんはあくびを噛みしめながら言った。

「最近、自分の心がわからなくなってきた。だってさあ、1年前に、こうなりたいと思った状況にほぼなっているのに、それに代わってどんどん新しい欲とか悩みができている。これじゃ、どこまでいっても満足できない気がする」

 ─―ははぁん、そういうことか。

 うーにゃんは、そうつぶやき、腕組みを解いてこう言った。

「一得一失」

 うーにゃんはみゆの質問に禅語で答える。役に立たない場合もあるが、すごく気持ちが楽になることもある。みゆはそれを知っていて、うーにゃんに質問をぶつけるのだ。

「なに、それ?」

「ひとつのものを得たら、ひとつのものを失うという意味だよ。ニンゲンは、ひとつ満足を得ると、新たになにか不満のタネができる。そういう生き物なんだ。そういう生き物は、地球上でニンゲンだけだよ。欲しかったものが手に入ると、もっともっと欲しくなる。ニンゲンの欲にはきりがないんだ」

 言われてみゆは思った。自分にも、周りの人たちにもそういうところがたしかにある。最近起業した大学の先輩なんか、会社の売上が伸びるほどに目が険しくなっている。

「じゃあ、どうすればいいのよ」

「まず、ニンゲンはそういう生き物なんだと自覚することだよ。今さらニンゲンがほかの生き物に変われるわけではないし。なにかを得たときはなにかを失っていると意識すること。おおざっぱに言うと、この世はなんでも差し引きゼロ。ちゃんと帳尻が合っている。たとえば、ナビゲーションシステムはすごい技術だけど、あれが普及したらニンゲンの方向感覚が鈍ってきたじゃない? 便利にはなったけど、大きな視点で見ると、差し引きゼロだよ。求めてばかりいると、失うものも大きくて、必ずバランスを崩す。だから、そうならないように気をつけることだよ」

 みゆは、ふーんと言い、思案顔をしている。

「ああいうふうになりたいとか、あれが欲しいと思うのは欲だよね。そもそも欲ってよくないの? あれ? オヤジギャグ言っちゃった。パパみたい」

「ハハハハ……。欲がすべて悪いわけじゃないよ。欲と希望と幸福はつながっているからね」

「え?」

「1年後はこういう自分になりたいという欲があったとするじゃない。それは未来の自分を楽しみにしていることだよね。言い換えれば、希望だよ。未来を思って楽しみにできることが幸せの元なんだ」

「そうか。たしかに将来に希望がもてなかったら、欲も湧かないよね」

「それにね、自分の心に意識を向けていること自体、みゆは健全だよ。世の中には欲に憑かれたままアリ地獄に飛び込んで、どんどん深く潜っていることに気づかない人がたくさんいるからね」

「うーにゃんには、そういうことはないの?」

「ないよ。うーの本性はあくまでもネコだから。ニンゲン以外の生き物には、あらかじめ〝ほどほど感覚〟がセットされているんだ。ライオンだってお腹いっぱいなら、無用な殺生はしないでしょう? お腹いっぱいだけど、今後のことを考えてストックしておこうとか、あとで誰かに高く売りつけようとか」

「人間を続けていくって、けっこうたいへんなことなんだね」

「そのかわり、ニンゲンは弱くても生きられるから、ほかの生き物から見たら、うらやましいよ」

「ひとつのものを得たら、ひとつのものを失うって、言葉で言うのは簡単だけど、実際、どうすればそういうことを体得できるの?」

「体得することなんか一生かかってもできないよ。さっきも言ったけど、ニンゲンはそういう生き物だから。でも、心の持ち方でほどほどに抑えることはできる。そのために、一生勉強するんじゃないの?」

 みゆは、うーにゃんと話しているうち、人間に生まれたことが良かったのかどうか、しばらく考え込んだ。うーにゃんは、見るからに幸せそうな表情をしている。それに比べ、世の中の人たちは、あまり幸せそうじゃない。それは仕方のないことなのか、考え込んでしまったのだ。

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