日々是食日 体と心が喜ぶ食の話

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ココロバエ
禅ねこうーにゃんのちょっとした助言

数独という毒

2020.11.23

 数独にハマっている。3×3のブロックに区切った9×9四方のマス目の中に、ランダムに1から9までの数字が置かれて空白の箇所を同じく1から9の数字で埋めていくというあれである。「ナンバープレース(ナンプレ)」というのが正しいらしいが、世間に疎いわたしは最近になってその遊びを知り、まんまとハマってしまったというわけだ。
 仕事でもプライベートでも答えのないことを考えることが多いからか、ぴたりと答えの定まる数独は、閉じられた窓が開かれるような開放感があって気持ちいい。スッキリ爽快! という感じ。うんうん唸ってようやく解けたときなど、天にも昇る気分である。

 

 というのも、近頃めっきり記憶力と集中力が衰えてきて、なにをするにも「えーっと」「あーっと」「あれよあれ」などと指示語の連発で会話にならず、なんとかしたいとつねづね思っていた。コロナのせいか、はたまた年のせいか、あるいはもともとそうなのか(なに?そう?)。身近な人なら、なんとかそれでも察して言葉を継いでくれるが、そうじゃなければ信用も失いかねない。心優しい友人であっても、いいかげんにしろと言いたくなるだろう。
 なによりも自分が惨めである。もともと自信のないところへ追い討ちをかけるように記憶力が低下し、集中力がなくなってきたとあっては、ますます自分を奈落の底へ蹴り落としてしまう。
 
 ――あぁ…神さま…、もうこれ以上、自分を嫌いになりたくないのです。

 

 と、藁をも掴むような気持ちで手を伸ばしてみると、これならどうだ、と、ポイっと数独パズルが投げられた。

 

「なんだこれは? 見たことあるけど、どうやって解くの?」
 わけもわからず説明を読んで解き始めること数十分。みるみるマス目が埋まってきて、自信もみるみる充電されていった。
 以来、ネット公開されている無料の数独問題をプリントアウトし、隙あらば数独の世界にとっぷり浸かっている。ネットゲームもあるようだが、アナログ派のわたしは紙と鉛筆と消しゴムが心地いい。ひたすら初級問題ばかりを解いているのも、なんとなく慰められる。

 

 読書とはまた一味違う、完結な数字合わせの楽しいひととき。

 これでまた一人遊びから抜け出せなくなってしまうじゃないか。「数字は独身に限る(数独)」とはよく言ったもんだが、あんまり嬉しくない。

 

 日常で無心になることはむずかしい。家事をしているときは体の動きに意識がいくため、無心に近い状態ではあるものの、それでもあれこれ思考は続いている。

 仕事柄、沈思黙考がつねであるから、なおさら無心は遠い。多少茶を嗜んでいるくらいでは、無心で茶は点てられまい。ヨガや瞑想で呼吸に意識を向けても、無心になるまで時間がかかる。

 それが数独になると、とたんに心は無風になる。いや、正確に言えば無風ではない。頭の中は数字がビュンビュン吹き荒れているのだから。
 それでも、なんとかマス目を埋めようと必死で数字と格闘しているその状態こそ、わたしにとっては無心であるように思えてならないのだ。おかげで集中力が少し回復したような気もする(?)。
 あまりに集中しすぎるせいか、あるときなどは数独で日が暮れたこともあった。
 
「できるじゃぁん、わたし。うふふ」
 ひとり悦に入り込んでいる背中に冷たい視線を感じて振り返ると、バイトから帰宅した息子が立っていた。
 時計を見るととうに夜の7時を過ぎており、腹をすかせた息子は力なく、
「はぁ……おばあちゃん」
 と、うなだれた。
「だれが、おばあちゃんやねん」
「クロスワードや数独にハマり出したら、もうおばあちゃんだよ」
 などと嫌味なことを言う。そうとう空きっ腹にちがいない。
 腹の虫には抵抗できず、しぶしぶテイクアウトピザのチラシを差し出した。
 
 おそるべし数独。さっぱり無心にさせて、夕飯の準備すら忘れてしまったではないか。集中力が高まっているというか、数独に毒されてしまったというか。「あの」「その」「えーっと」と、いまだ会話が進まないのはどういうわけか。

 あのぉ…神さま、なんかまちがっていませんかね?

 

 

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●神谷真理子(本コラム執筆者)公式サイト「ma」

 

●「美しい日本のことば」連載中

 今回は「面映(おもは)ゆい」を紹介。なんとも照れくさい、気恥ずかしい。鏡を見ずとも頬の赤らみがわかる。そんな様子が「面映ゆい」です。続きは……。

 

 

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