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美し人
美し人

かれらの言葉をこの世界に

2020.09.20

 以前、わたしにとって書くことは「リハビリ」のようなものだと書いた。そのリハビリは功を奏し、わたしのこれまではすべて必然に変わり、大小さまざまな点は一本の線に姿を変えたと。
 だからというわけではないけれど、胸の裡から溢れてくる行き場のない鬱々としたものが、今はほとんどない。わたしの中にいたであろう「子供のわたし」がいなくなってしまったからか、なんだかぽっかりと穴が空いてしまったような空虚感がある。いやだいやだと言いながらも「子供のわたし」を隠れ蓑にして生きていたのかもしれず、それがまるで憑き物が落ちたようにさっぱりとして、全身の力が抜けてしまった。リハビリの終了とともに、「書く」動力も失ってしまったのだろうか。だとしたら、とても困る。端くれではあっても「もの書き」を生業としているのだから。
 
 そこでちょっと見方を変えて、これまでの内側への意識を外側へ向けてみることにした。するとどうだろう。与えられている役割の尻尾のようなものが、ぼんやりとだが浮き上がってくるではないか。坐禅のときの半眼で見た風景とでもいうのだろうか。満遍なく映し出された景色のなかの一輪の草花のように、ささやかではあるけれど、全体を構成する一個人としての「わたし」が、そこにたしかに存在するのだ。
 
 たとえば本サイト内にある、人生訓になるような言葉をとりあげた「ちからのある言葉」は、その役を与えられて書き始めてから5年余りになる。世間に向けた言葉ではあるけれど、いつの間にか我が身の救いを求める祈りのようなものになり、今でも自分自身への提言と思って書きつづけている。ところが角度を変えて眺めてみれば、そこにもっと大切な意味が潜んでいることに気づいたのだ。
 それは、言葉を紹介しつつ、実は語り手たちの言葉にならなかった言葉をすくい上げ、わたしなりに解釈して代弁しているということ。もちろん、当事者たちからすれば、まったく見当違いで迷惑千万な話だとは思うのだが、それでも彼らの言葉の意図を少しでもいいから伝えたいと思って書いている。
 
 最近観た『YESTERDAY』というオンライン映画で、そのことに思い至った。というのも、その映画は、主人公である売れないシンガーソングライターのジャックが、あることがきっかけで自分一人だけがビートルスを知る存在になってしまうのだが、幸か不幸か次々と発表するビートルズのナンバーによって彼は一躍有名人になってしまう。良心の呵責に苛まれた彼は、自らその栄光を手放し、そして本来の自分の姿をとりもどしたあとに、大観衆に向けてこう真実を語るのだ。
 
「ぼくの曲の本当の作者は別にいる。ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター……ビートルズだ。
 本当の天才は彼らなんだ。ぼくは、彼らの音楽をこの世界に届けただけ。自分の作品と偽って、天才のフリをした」と。
 
 彼はステージから去り、一市民へと戻り愛する人と家庭を築く。小学校の教師に身を置きなおした彼は、そこで子供たちに向けてビートルズの歌を歌い続ける。
 まるでキリストやブッダの教えを伝える伝道者のように、君たちは知らないだろうが、かつて「ビートルズ」という天才たちがこの世に存在したんだとでも言うように。
 
 アーティストと呼ばれる人たちの多くは、もしかすると、ジャックのようなんじゃないかと思った。内側から湧き出す創作のエネルギーの源泉はどこかにあって、そこからの指令のもとに突き動かされているのじゃないかと。それは故人であったりモノであったり、自然であったり、あるいはこの世を統べるサムシング・グレートであるかもしれない。
 それが何かは人それぞれだけれど、アーティストだけじゃなく、人の営みを支える「はたらき」の原点は、ジャックが「世界にビートルズの音楽を届けた」ように、誰かや何かが伝えようとしているものを、彼らに代わってかたちにすることじゃないかと思うのだ。大切ななにかを繋げてゆくというのは、そういうことなんじゃないだろうかと。
 
 そこに思い至って、「もの書き」である自分の働きを鑑みれば、なんとも情けないというかなんというか。まだまだハナタレ小僧だなぁとため息がでる。

 だからわたしもジャックのように、自分に届けられた言葉を、必要とする人たちに伝えられたらと思う。これまで「子供のわたし」の声に耳をかたむけていたように、今度は他の誰かや何かの声に耳をかたむけて、かれらの言葉をこの世界に届けられたらいいなあ、なんてね。

(写真:映画『YESTERDAY』より) 

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Profile

神谷 真理子

神谷 真理子

もの書き。兵庫県生まれ。

詩、童話創作、聞き書き、取材文など、幅広い分野で活躍。著書に詩集『たったひとつが美しい』。『Japanist』にて「宇宙と人をむすぶ言の葉」を連載。本サイト「力のあることば」や「美し人」公式サイト「美しい日本のことば」を連載

https://www.umashi-bito.or.jp/column/

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