日々是食日 体と心が喜ぶ食の話

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ココロバエ
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美しきもの

2020.07.27

「女は45もすぎると、日本文化に惹かれるものなのよ」

 あるとき、室礼教室で親しくなった女性がそう言った。

 毎月いちど、遠く神戸から東京の世田谷まで通っているという彼女は、嫁ぎ先が元造り酒屋とあって家柄もよく、姑から譲り受けた名物の茶碗や室礼の道具類がわんさとあるらしく、嫁いだ頃は気にも留めなかったそれらを40も半ばを過ぎてから、愛しく手に取るようになったという。

 そのままお蔵入りにしておくのはもったいない。姑にはもちろん、道具にも申し訳ないだろうと思い、茶道や華道、煎茶道、室礼など古典的な手習いをはじめたそうだ。彼女の周りにも、40歳を過ぎて日本文化に関心を示す人はらしい。

 

 そういうわけで、人当たりのよい彼女は年齢を値踏みした上で、わたしに「あなた、お歳は?」と訪ねたのである。

「47歳です」

「やっぱり。それくらいだろうと思った」

 楚々と微笑むその向こうに、なにやら勝ち誇ったような不敵な顔が覗いたような気がしたので、こちらも負けじと

「やっとそれくらいになりました」

 ふふっと笑みを返した。

 昨年のちょうど今ごろ、梅雨もそろそろ明けはじめる、水の無くなる季節だった。

 

 歳を重ねる楽しみのひとつに、身近なものに美を見出す瞬間が増えるということがある。それまでは気にも留めなかったものが、あるときふと美しく見えたり愛おしくなったりするのだ。自然の移ろいはもちろん、手に馴染んだ茶碗やコップ、アイロンがけしたハンカチやシャツまでが美しく見える。

 愛おしくなるのはいっしょにいる時間が長いからで、欠けたり綻びたりしても繕ってでも手元に置いておきたいと思う。それなりに良いものであればなおさらそうだ。新しいものが簡単に手に入る使い捨ての時代だからこそ、馴染みある古いものまでさらりと捨てられてしまうのは、ほんとうに哀しい。泣く泣く手放さねばならないとなれば、身を削られる思いであろう。

 

 そんなことをしみじみ思った出来事があった。先日のことである。茶懐石料理人の半澤鶴子先生が『南方録』の講義中に、しんみりとこう話された。

「この歳になると、お茶道具を引き取ってほしいという電話が頻繁に来るんですよ。知り合いのお茶の先生方はもう、わたしと同年代か、それ以上の方が多いので、ご家族の方から処分に困っていると。ええ、お亡くなりになられたからです。あちこちから年間、何十件と」

 喜寿を迎えられた先生は笑顔でそう話されたが、胸のつまる依頼にちがいない。

 長い間、大切に愛でながら使われてきた道具を、持ち主が亡くなったからといって簡単に処分するわけにもいかず、かといって家族が使うには多すぎるし、現代の暮らしにも勝手が悪い。お弟子さんたちに分配するにも、そのままでは誰も引き取ってはくれない。先生は、ひとつひとつ丁寧に磨き、布でくるんで箱に詰め直すのだという。

 故人のかけらを一つでも多く手元に置いて愛でてくれるようにと願ったかもしれず、そうやって先生の手によって息を吹き返した道具は、ようやく弟子たちの元へ貰われてゆくのである。

 

 「そこまでしてもね、どうしようもないものもあるんですよ。希って造った茶室もろとも、ブルドーザーでドサっと潰される。そうやって更地になるんです」

 

 なにごともなかったかのように、そこはまっさらになる。故人といっしょにモノたちが昇天したのであれば、それはそれでいいことなのかもしれない。

〝わたしたちが死ぬ。風がわたしたちの足跡を消す。それがわたしたちの最期だ〟

 カラハリ砂漠に住む狩猟採集民族サン人の言葉が頭をよぎった。

 

『趣味と芸術 ― 謎の割烹 味占郷』という、ちょっと変わった美しい料理本がある。『婦人画報』で掲載されていた写真家の杉本博司氏の連載をまとめたものだ。写真家でありながら、建築、舞台、骨董と趣味は広く、その果てに拓いた新境地が料理だったそうで、それだけに択ばれたモノも人も料理も美しく、添えられた文章がまた美しい。

 そうやって眺めてみれば、択ばれしものの佇まいはどれも、一朝一夕に生まれたものじゃなく、時間をかけて丁寧に形づくられ、磨きに磨かれて出来上がったものばかりだと合点がゆく。寄る年月に耐えらるものだけの特権かもしれないが、それにしても、耐えるほうも耐えるほうで相当な努力が強いられるはずだ。先生の言葉を思い出す。

 

「この歳になると、坂を転げ落ちる速さで体が衰えていきます。昨日できたことが今日はできないことなんて、あたりまえ。だから、意識して美しくいてくださいね。着るものをきちんとする。紅をさすだけでもいいんです。日常に華やかさをまといましょう。自分から光を与えられるよう意識してください」

 

 にっこり微笑む先生の顔には、苦労の連続のなかにあって一日一日を大切に生き、自分を磨き続けてきたであろう齢分のシワが笑顔に寄り添って刻まれていた。

 どんな風ももろともしない、やわらかで凛とした美しいシワ。厳しさに耐えてきたものだけが手に入れられる美しさ。ほんとうの美しさとは、そういうものだと思う。

 100年先、先生が立っていた場所には香しい風が舞っていそうだ。

(写真:「『趣味と芸術ー謎の割烹 味占郷』杉本博司/ハースト婦人画報社編 講談社」より)

 

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Profile

神谷 真理子

神谷 真理子

もの書き。兵庫県生まれ。

詩、童話創作、聞き書き、取材文など、幅広い分野で活躍。著書に詩集『たったひとつが美しい』。『Japanist』にて「宇宙と人をむすぶ言の葉」を連載。本サイト「力のあることば」や「美し人」公式サイト「美しい日本のことば」を連載

https://www.umashi-bito.or.jp/column/

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