日々是食日 体と心が喜ぶ食の話
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ココロバエ
美し人

地球もどきの水の惑星

2020.06.19

 春を存分に味わうことなくやり過ごしたからだろうか。今年はいつになく梅雨が早々とやってきたような気がするのだが、そんなことはない。早いどころか例年より3日ほど遅いそうだ。
 もうそんな季節? と、ひと雨ごとに色を変える紫陽花を目にするたびに、季節の移ろいのなんとサッパリ潔いことかと惚れ惚れする。
 こちらはぐずぐずと無彩色の冴えない自粛服を引きずっているというのに、植物たちは雨に洗われて、すっかり色鮮やかな装いに衣替えしているではないか。
 
 この季節、緑は艶めいて、雨の中に咲く花々はしっとりと色っぽい。雨滴に濡れた菖蒲や紫陽花はなぜか『源氏物語』を思わせる。それというのも紫式部の紫をもっているからかもしれず、言葉あそびの域を超えない思考に苦笑しつつも楽しんでいるのは、艶めいた緑のせいか、はたまた巣ごもりの余韻で夢うつつだからか。
 とはいえ移り気な紫陽花である。もたもたしていたら夏さえもやり過ごしてしまいそうなので、急ぎ五感から衣替えしようと、2ヶ月ぶりに再開したお茶の稽古に足を運んだ。
 
 季節を感じるのに自然は格好の材料ではあるけれど、といってそればかりではない。茶室はいつの間にか炉から風炉に替わっていたし、軸には初夏らしい青い山と緑の水が。出された茶菓子も「青梅」である。三密にならないよう襖も窓も開け放っていたこともあって、その日の茶室は涼やかな緑の風が舞っていた。
 
 それにしても日本文化は見立ての文化だとあらためて思う。茶の湯などはその典型で、茶室や茶碗の内は宇宙空間、沸き立つ湯の音は松風であり、花も軸も茶菓子にいたるすべてに自然の景色が映し出される。
 幽玄の世界を演じてみせる能楽にしても、和歌や短歌、俳句にしても、言葉の向こうに広がる景色を眺めるのだし、日本画に見る余白や間といった何もない空間に色や匂い、あるいは造形を立ち現そうとするのも、ひとつの見立てではないだろうか。
 
 そうそう、見立ては食にもあった。先日のことである。
 ほんの数切れだけ残っていた味噌漬けの豚バラ肉を、どうメイン料理にするか悩んだ末、時間も材料も限られていたから結局、定番の野菜炒めと決定。とはいえ大学生の男子の腹を満たすには、あまりに肉が少なすぎた。しかたなく〝アレ〟を代用することにした。
 
「ん? これなに?」
 野菜炒めを頬張る息子の顔が、一瞬かたまる。
「なんか変?」
「変というか、なんだろうこの味。肉…ではないな。いや、鶏肉?」
 謎の物体の正体を明かそうと、もうひと口。彼の脳はめまぐるしく動いているにちがいない。目は中空を見つめたまま、箸はふわふわと泳いでいる。
「食べた記憶はある…けど…なに?」
「高野豆腐」
「それだ!」
 
 そう、肉のカサ増しに代用したのは、畑の肉である大豆の加工品、高野豆腐である。代用できそうなものは、それしかなかった。
「どう? なかなかイケるやろ?」
「まぁ、こういうもんだと思えば…。食感は鶏肉、味は……高野豆腐」
「やな」
 
 しっかり下味はつけたつもりだったが、高野豆腐はやっぱり高野豆腐。初めての試みだから、しょうがない。
 その日の食卓には、肉に見立てたおかずがもう一品。がんもどきである。関西では「飛竜頭(ひりょうず)」と言う。
 精進料理から生まれた「がんもどき」だが、今では胡麻豆腐と並んで簡単に手に入る。
 
 味噌や醤油、油揚げや納豆などにとどまらず、肉にチーズにヨーグルトにと、もどき製品にも触手をのばす大豆。巷で人気のヴィーガン料理には欠かせないものでもある。
〝もどき料理〟といえど、見た目も味も文句なしなら、いつかそれも市民権を得て〝もどき〟ではなくなってゆくのかもしれない。
 古代から今まで生き抜いてきた豆のしたたかさを垣間見た気がして空恐ろしくなり、思わず、味噌味の高野豆腐をにくにくしく噛み締める始末。
 
 長雨に打たれながら刻々と色を変える紫陽花も、蝶が羽を広げたような4枚の葩(ひら)は、実はそれは萼であって花は真ん中の小さな粒。
「紫の陽の花」という雅な名前も、別の花につけられるはずだったもの。
 虹を吸いとったような、星を集めたような紫陽花だけど、それでもやっぱり紫陽花には雨が似合う。さみだれの頃が似合う。
 それもそのはず。紫陽花の英名は、ハイドランジア。「水の器」である。

 まるで地球のようではないか。

 なるほど、紫陽花は〝地球もどき〟だったのね。

 水を集めて七変化するのは、そこに潜む住人たちの心模様なのかも…。

 

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Profile

神谷 真理子

神谷 真理子

もの書き。兵庫県生まれ。

詩、童話創作、聞き書き、取材文など、幅広い分野で活躍。著書に詩集『たったひとつが美しい』。『Japanist』にて「宇宙と人をむすぶ言の葉」を連載。本サイト「力のあることば」や「美し人」公式サイト「美しい日本のことば」を連載

https://www.umashi-bito.or.jp/column/

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