日々是食日 体と心が喜ぶ食の話

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ココロバエ
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黒の魔力

2020.06.04

「胡椒は黒なんだよ」
 遅めの朝食を食べ終えた後、流しに皿を運びながらおもむろに息子がそう言った。なんの話から胡椒の話になったのかは忘れたが、とにかくそう言う。

 白胡椒より黒胡椒のほうがいいと言ってるのだと思い、 
「まあね。白より黒のほうが味が引き締まるよね」
 軽く返事をしたら、
「味のことじゃないよ。色のことを言ってんの」

 すかさず返ってきた。
「色? だから黒胡椒でしょう?」
「ちがう」
 きっぱりと言い切る。
「どういうこと?」
 冷たいお茶を一気に飲み干し、ひと息ついて息子はこうつづけた。

 

「胡椒ってさあ、なんでも胡椒味にしちゃうんだよね。黒色と同じ。どの色に混ぜても黒が勝つじゃん。あれだよ、あれ。卵料理がそうじゃない?」
 ついさっき食べたスクランブルエッグのことを言っているらしい。今朝は息子にお願いして食事を作ってもらったのだ。
 とろとろと舌の上でとろけるスクランブルエッグは甘みの中にほのかな塩味があって、シンプルだけど文句なしに美味しかった。
 そう伝えると、隠し味程度に入れたチーズが効いているんだ、と息子は得意げである。

 

「そういえばスクランブルエッグ、胡椒の味はしなかったね。入れなかったの?」
「入れてない。ちょっと入れても胡椒の味が勝っちゃうから、あんまり好きじゃないんだよ」
 だから、黒なのか。合点が行くと同時に、笑いがこみ上げてきた。
「たしかに! 黒やわ! ほんまにそうや!」
 ついつい出てしまう関西弁。自宅では、方言の関西弁8割、関東弁2割というバイリンガルである。上京した当時は、無理やり関東弁でしゃべろうとしていたからか、バイト先では「おまえ、実はフィリピイーナだろ?」などと揶揄されたものだ。片言の日本語に聞こえたらしい。
 それも今では自由自在に方言と共通語を使い分けられるようになって、ちょっとした手練の技になっている。

 家族の会話も関西弁が入るだけで面白おかしく、やんわりとしたものになるから、刺々しくなりそうなときほど関西弁でしゃべるようにしている。まぁそれも、必ずというわけでもないけれど。
 
「胡椒は黒かぁ…。あんた、ウマいこと言うなぁ。たしかに、サラダもスープも胡椒で誤魔化されたりするし、それが黒胡椒やったらなおさらやんなぁ。ほんまにそうやわぁ…」
 ぶつぶつ言っているわたしのそばに、息子の姿はすでにない。置き去りにされたわたしは、映画の中の樹木希林さんさながらに、ぶつぶつと独り言を繰り返す。最近のおきまりのパターンである。
 
 ふぅん……。
 黒ねぇ…黒かぁ…。はぁ…ほんまになぁ…。
 そうえいば、ココ・シャネルは「黒にはすべてがある」と言っていたっけ。
 黒はすべての色を内包しているから、どの色よりも絶対的な美しさがあるというのだ。白も同じだという。
 たしかに、黒も白もすべての色を自分のものにしてしまうほどの強烈な力がある。それだけに、使い方を間違えると大失敗する恐れがある。黒を使いすぎれば暗闇になるし、白もあまりに強いと目が眩むような白い闇になってしまう。
 
 最近は、とりあえず黒色の服を着ていれば安心という人が増えているようだが、サラダやスープの胡椒を思うと、それもなんだか誤魔化しのような気がしなくもない。といって誤魔化しがすべてよくないとも言い切れず、結局は人の好みということか。自分だって「困ったときの黒だのみ」なのだから、えらそうなことは言えない。
 なんて、「胡椒は黒」という話が脳内で果てしなく広がってゆく。
 
「あのさあ、最近、黒子(ホクロ)が増えた気がするんやけど、どう思う?」
「ホクロ? シミじゃないの?」
 なんでや。
「黒胡椒みたいやん。ほれ、見てみ」
 顔を近づけると、のけ反る息子。
「ちかい、ちかい! ただのシミじゃん」
「……」
 
 スクランブルエッグから胡椒の話になり、「胡椒は黒」という観念的な話へと展開され、結局なんの話をしたかったのか、わけがわからなくなってしまった。
 
 まあ、ええか。そんなときもある。
 とにかくいたずらに黒子を気にするのはやめておこう。それはどうやらシミらしいから、へたに気にして手を加えると、あたり一面も黒に侵食されてしまう。だから知らぬふりして誤魔化しておこう。ときには誤魔化しも必要だから。
「シミちゃう、ホクロや!」
 
 

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Profile

神谷 真理子

神谷 真理子

もの書き。兵庫県生まれ。

詩、童話創作、聞き書き、取材文など、幅広い分野で活躍。著書に詩集『たったひとつが美しい』。『Japanist』にて「宇宙と人をむすぶ言の葉」を連載。本サイト「力のあることば」や「美し人」公式サイト「美しい日本のことば」を連載

https://www.umashi-bito.or.jp/column/

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