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美し人
ココロバエ

時代小説の愉しみ

2020.04.01

 最近、時代小説にハマっている。贔屓の作家は隆慶一郎。ひょんなことから彼の名を知り、初めて読んだ『吉原御免状』でぞっこん惚れてしまった。

 以来、隆さんの小説を次々買い込み一冊ずつ味わっている。
 こんなに時代小説にのめり込んだのは初めてのことだ。これまでも浅田次郎や藤沢周平、山本兼一など、いく人かの時代小説に多少触れてはきたが(なぜか司馬遼太郎には縁がない)、ここまで入れ込んだことはなかった。
 隆さんの作品は漫画やドラマにもなっているし、もともと脚本家として数多くの作品を手がけていらっしゃったそうだから、「今さら?」と思う人もいるかもしれない。
 それでも、惚れてしまったのだからしょうがない。
『吉原御免状』『かくれさと苦界行』『一夢風流記』『影武者徳川家康(上・中・下)』と、ちびりちびり読んでいる。毎日わずかな時間を隆さんとデートしている気分でウキウキする。手元にはまだ開いていない作品もたくさんあるから、しばらくは隆さんと仲睦まじく過ごせるのが嬉しい。 

 

 なぜそんなに? と訊かれたら一言。

「男らしい作品だから」

 作品に登場する人物の多くが「道々の輩(ともがら)」「公界の者」といった、流浪の民の出自であること。権力や権威によって葬りさられたであろう名もなき人たちにヒーロー級の役を与えていること。隆さんの子女、羽生真名さんの言葉を借りれば、

 

「土地を持たず流浪する職人、芸能人などの非農耕民の歴史、漂泊者の視点から見た歴史は、文書に残らずとも、様々な伝承の中に反映しているとする歴史学者・網野善彦氏の学説に、隆慶一郎は大きな影響を受けた」
 

 そんな彼だから、「史料、伝承の読み込みの中に歴史の残像を探る」かたちで、さまざまな人間を葬り去られた歴史の底からひっぱりあげ、スポットを浴びせている。そこがニクい。
 
『忠臣蔵』の脚本を書くために資料を読み込んでいた隆さんは、著書『時代小説の愉しみ』で、そのときの様子をこう綴っている。
 
「僕にとっては、吉良上野介の首をあげた瞬間の感動より、こちらのささやかな感動の方が大切だった。そうして歴史はこの手のささやかな感動に満ちている。時代小説を書く愉しみはそこにあり、史実を全く離れた虚構ばかりの時代小説があまり好きではない理由も、またそこにある」
 
 大石内蔵助が、妻おりくを早い段階で赤穂から山科に送り出した理由は、お咎めを受ける前に妻の念願だった天神祭に行かせてやりたかったからで、武士の女房であるおりくも亭主が犯そうとしている罪が斬首かよくて切腹に相当することを十分承知のうえで山科に立ったのにちがいない。
 隆さんは、夫婦にしかわからない愛情のやりとりを資料から読み取り、そっちのほうが人間的で美しいではないかと言及する。
 
 一日一日を精一杯生きるのは、今も昔も変わらない。歴史に名を残す人よりも、残さない、残せない人の方がはるかに多い。良くも悪くも歴史というのは、そういう大多数の人間によって支えられているのだろうし、名を残した人たちも、ほんとうはもっと人間くさくて、泥にまみれながらも美しい人間的な色香をまとっているのじゃないか。ささやかな日常の一コマにくつろぐ彼らのほうが、ほんとうの彼らの姿じゃないか。
 歴史上では当然のこととされていることも、実は真実は他にあって、単に隠蔽されているだけではないか。人ひとりの一筆によって書き換えられてしまう歴史を、そのまま鵜呑みにするのはいかがなものか。
 
 なんて他愛もないことを、わたしは日々隆さんと小説の中で語り合っているのだ。
 自粛要請が出ている今は、ことのほかそれが楽しい。

 

 とにもかくにも隆さん、わっちは主さんに惚れんした。

 あぁ…原稿が溜まっているというのに……。

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Profile

神谷 真理子

神谷 真理子

もの書き。兵庫県生まれ。

詩、童話創作、聞き書き、取材文など、幅広い分野で活躍。著書に詩集『たったひとつが美しい』。『Japanist』にて「宇宙と人をむすぶ言の葉」を連載。本サイト「力のあることば」や「美し人」公式サイト「美しい日本のことば」を連載

https://www.umashi-bito.or.jp/column/

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