日々是食日 体と心が喜ぶ食の話
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もうお腹いっぱいです

2019.09.30

 秋分もすぎ、肌にふれる空気もすっかり秋めいた夕暮れどき。以前から気になっていた武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパスの一階に新設された「無印良品」の店に立ち寄った。キャンパス内にあるそこは若者の息吹がすがすがしく、他の店舗と違って工夫を凝らしたイベント空間が広がっており、併設したカフェには学生や仕事帰りの人たちがゆったりとアフターファイブを楽しんでいた。
 
 彼らを横目に、さほど多くはない雑貨コーナーを一巡して食品コーナーへ向かうと、そこには見慣れたキッチン用品や食料品と一緒に料理本がずらりと並んでいた。

 テーマ別に随筆や小説、デザインブックのようなレシピ集など、和洋折衷盛りだくさんである。その中のいくつかを手にとりぱらぱらとめくった。
 向田邦子と寺内貫太郎一家の食卓、石井好子のオムレツ、高山なおみのご飯、美食三昧のバルザック、3分クッキングの土井善晴に命のスープの辰巳芳子、それから、ええっと……。
 
 我こそはと食を語る食通たちの声を聞いているうちに、なんだかへとへとになってしまった。お腹も満腹である。
 振り返ると、追い打ちをかけるように流行りの料理本が目に飛び込んできた。体に優しいオーガニック料理や発酵料理がわんさと賑わって、「これはいかが?」「体にいいわよ」などと勧めてくる。
 
 ――ええええ、そうでしょうとも。
   はいはい、わかりました。
   では、この次に……。
 
 くらくらとめまいがしそうになり、「もうたくさん!」と思わず叫び出しそうになった。ぎゅっと目をつぶって深呼吸をし、はちきれんばかりのお腹をなだめながら、これ以上は食べられませんと、丁重にお断りしてその場を後にした。
 いやはや、かくも人間という生き物は食に対して貪欲なのか。たくさんあっても迷うだけだし、そんなにいろんなものを食べなくてもいいんじゃないかと思うのだが……。
 
 私自身、食べることは好きだし、料理も嫌いではないが、最近の食の傾向には正直辟易してしまう。
 ジャンクフードや食べ放題、飲み放題は言うに及ばず、デカ盛り、メガ盛りなどの店が人気だったり、一方で、健康志向を標榜する店もどんどん増えて、街が食で溢れかえっているのも、なんだか恐ろしいような、哀しいような。

 タピオカブームで街中にゴミが散乱している現状があったり、〇〇が体にいいとなれば店からその食材が姿を消したり、これってどうなの?
 ひねくれものの穿った見方かもしれないけれど、食べ物が反対に人を喰っているように思えてならない。
 まったく、口うるさいオバサンにはなるまいと思っていたのに、どうしてくれよう。
 
「ポストにドミノピザのチラシが入ってたよ」と、息子。

 無償にピザが食べたくなった。
「久しぶりに宅配とろうか!」

「やった! で、何飲んでんの?」
「甘酒。体にいいんだよ〜」
「……」
 
 レジまで行きかけて棚に戻した桐島洋子の『聡明な女は料理がうまい』。
 買わなくてよかったとつくづく思う。

「あんた、何さまのつもり?」と、冷かかな声が聞こえてきそうだから。

 

 我が家には腐るほど料理本があるし、すでに処分行きとなってしまった腐った本もたくさんあった。必要なのはわずかだというのに、目新しさに次から次へと買い込んで。
 もうこれ以上、犠牲者は増やすまい。

 余計な買い食いはや〜めた。
 

Profile

神谷 真理子

神谷 真理子

もの書き。兵庫県生まれ。

詩、童話創作、聞き書き、取材文など、幅広い分野で活躍。著書に詩集『たったひとつが美しい』。『Japanist』にて「宇宙と人をむすぶ言の葉」を連載。本サイト「力のあることば」や「美し人」公式サイト「美しい日本のことば」を連載

https://www.umashi-bito.or.jp/column/

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