日々是食日 体と心が喜ぶ食の話
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君たちが君たちであるために

2019.09.20

 久しぶりにケーキを焼いた。といっても、お手軽なパウンドケーキである。限界値を超えそうなバナナが2本、部屋中に甘い香りを撒き散らして「いいかげん食べてくれ」と訴えていた。それならと、重い腰をあげて材料の準備に取りかかった。
 
 小麦粉の代わりに米粉ときな粉とピーナッツ粉を、それぞれ6:2:2の割合でスタンバイ。ブラックココアパウダーも少し残っていたので、それも使う。チョコとバナナは相性がいい。とろけるほど甘くなってしまったバナナだから、砂糖の分量は少なめに。甜菜糖なら、罪悪感も少量ですむ。バターの風味も捨てがたいが、ここはひとまずヘルシー路線でココナッツオイルを。2つしかない卵は、とりあえず使わずに取っておく。牛乳も豆乳もあいにく切らしていたため、水で代用した。
 つまり、材料がほとんど揃っていなかったというわけだ。それでもなんとか上手く作れた。近頃は材料が揃わなくても、あるもので代用して作れるレシピがちまたにあふれているから、思い立ったときに作れるのは嬉しい。
 
 ケーキといえば、バースデーケーキ。実は、子供たちが生まれてから、バースデーケーキだけは毎年欠かさず手作りしている。ショートケーキが好きな息子には季節のフルーツたっぷりのデコレーションケーキを、リクエストの多い娘にはタルトやチョコレートケーキを作ることが多い。

 

「美味しい? 美味しいよね。美味しいに決まってる〜」と一人悦に入る母親に、
「う、うん」と言葉を濁す息子と、
「固いけど不味くはない」と正直な娘。
 

  やっぱり男の子は優しいわあ…なんて、「子の心親知らず」の私はいまだ懲りずに親のエゴを貫いている。
 買えば簡単に手に入るし、世の中にはごまんと美味しいケーキはあるが、てまひまをかけたケーキは美味しかろうが不味かろうが、そう簡単には記憶から去っていかないはずだ。ずっと後になって、「あのケーキにはまいった」と二人が笑い飛ばしてくれたら、こんな嬉しいことはない。
 ただひとつ、悔やむとすれば、記録写真がほとんど残っていないということだろうか。写真を撮る習慣が身についていないため、20回と18回、計38個のバースデーケーキは、すでに記憶の断片になってしまった。
 
 バースデーケーキで思い出した。以前、働いていた職場で、素敵な誕生日の祝い方をする人がいた。毎日公園で弁当を食べながら読書にふけっていた私のところに、彼女はときどきお菓子をもって現れた。ときには並んで弁当を食べたこともある。まだ入社して間もない私が一人で弁当を食べているのを気の毒だと思ったのだろう。彼女は優しかった。私はというと、単に本が読みたかったのと一人になりたいワガママで、彼女との他愛ない会話が正直しんどいときもあった。
 
「おつかれさま。隣、いい?」
「いいよ」
「ケーキ買ってきたんだ。一緒に食べよう」
「え? いいの?」
「もちろん。今日は私の誕生日だから、お祝い」
「そうなの? おめでとう」
「ありがとう」
 
 それだけのやりとりだったが、私は彼女のことが好きなった。ケーキをご馳走になったからではない。彼女の心根に触れたような気がしたからだ。

 夫と二人の小さな子供と暮らす彼女の毎日は忙しそうで、自分のことに構っている余裕などないように見えた。それでも彼女の忙しさは母性の喜びに満ちていた。職場でも面倒見がよく、周りへの気遣いも抜群にできる人だった。その彼女が自分の誕生日を祝うために自分の分と私の分のケーキを買ってきたのだ。まるで別の誰かの誕生祝いのように、「さあ!一緒に祝おう」と言わんばかりの満面の笑みで。
 彼女は、ほんとうに心根の優しい人だった。
 
「あれ? ケーキ作ったの?」
「うん、久しぶりに作った。美味しいよ。食べる?」
「食べる」
「どう?」
「めちゃくちゃ美味しい! 今までで一番かも」
「なにそれ?」
 
 もうすぐ息子の21回目の誕生日が来る。その数ヶ月後に、娘の19回目の誕生日も。次はどんなケーキを作ろうか。
 美味しくても不味くても、作れるうちは手作りのバースデーケーキで祝ってあげたい。彼らが彼ら自身で、この世に生まれてきた日を祝福できることを祈りながら。
 
 
 
 

Profile

神谷 真理子

神谷 真理子

もの書き。兵庫県生まれ。

詩、童話創作、聞き書き、取材文など、幅広い分野で活躍。著書に詩集『たったひとつが美しい』。『Japanist』にて「宇宙と人をむすぶ言の葉」を連載。本サイト「力のあることば」や「美し人」公式サイト「美しい日本のことば」を連載

https://www.umashi-bito.or.jp/column/

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