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〝バーベキュー〟狼煙を上げて先祖供養

2019.08.15

 盆といえば、盆踊り。そして、バーベキュー。実家の夏の風物詩である。
 親族が集まる田舎の夏休みは、どこもそうたいして変わらないとは思うが、私の田舎では特に、この時期になると申し合わせたように家々から肉を焼いた狼煙が上がる。もくもくと香ばしい煙と子供たちの賑わう声が風に運ばれ、小さな村の、ささやかな幸福を報せてくれる。
 
「ああ、今年も……」
 盆の空にのぼってゆく狼煙は、遠方に暮らす私に、夏の終わりを告げる。まるで、日曜日の夕方6時に始まる「サザエさん」のように、非日常から日常へ引き戻される寂しさに包まれるのだ。
 
 私の田舎の盆は8月13日の迎え火に始まり、16日の送り火まで。その間、夕刻になると家族は山の麓へ墓参に行く。ふだんは人気のない無配色の墓地も、そのときばかりはカラフルな花を咲かせ、懐かしい顔の寄り合い場所になる。ご先祖さまたちも喜んでいるのだろう。墓に灯されたロウソクのあかりが、ゆらゆらと嬉しそうだ。
 
 墓参りが終わると、いよいよバーベーキューである。ガレージにはすでに準備が整っていて、男たち(若干一名女あり:男勝りなわが妹)がビール片手に炭火を起こし始める。鍋奉行ならぬ焼肉奉行が数人、手際よく食材を並べ、つぎつぎと焼けた肉を皿に盛ってゆく。
 総勢約20人。この日のために準備された肉は、およそ7キロ。牛、豚、鶏に、部位もいろいろ。肉以外にも、魚介に野菜にソーセージにと盛りだくさんである。じゅわじゅわと肉汁を滴らせた肉に群がる様は、肉食獣のそれのようだ。鮎やサザエにいたっては、まっさきに狙われ、大皿に山と盛られた野菜も、いつのまにか層を崩している。
 

 飲む量も半端ではない。クーラーボックスで冷やされた第一弾のビールや酎ハイは、すでに火起こしの時になくなっていて、二弾、三弾と冷やされるものの、冷える間もなく飲み干されてしまう。
 
 炭火の勢いが静まる頃、ようやく腹の虫も落ち着きを取り戻す。代わりに炭火が飛び火したかと思うほど皆の顔は赤々と燃え、談笑はついに合唱へと変わる。
 最初はきまって「スタンド・バイ・ミー」。そしてビートルズのナンバーへと続く。
 
 チャッ、チャ〜、チャララッ、チャ〜……と、口ずさむ妹。親族の中でもどこにいても、ムードメーカーの彼女はいちおう、セミプロの歌い手である。

 

「ギター、もってきて!」と、妹。
 ちびっ子たちは、ボスである妹の命令に従い、家の中へ飛び込んでゆく。
「キーボードもいる?」
「シェイカーもいるよね!」
 
 そして、
「ワン、トゥ…」
 彼女の音頭とともに、恒例の、親族三代の夏の音楽会が始まる。
 
 When the night has come.
 And the land is dark.
 And the moon is the only light we’ll see.
 No I won’t be afraid, no I won’t be afraid. 
 Just as long as you stand, stand by me……
 
 シェイカーを振りながら、リードボーカルを譲ってハモる妹。ギターを弾く父と姪っ子につづき、マイウクレレ持参のいとこの子がプロ級の技を見せたところで、いとこが弾かれるようにキーボードをたたく。ふらふらと酔った目を泳がせる叔父は、ドラマーだった頃にとった杵柄で、椅子を太鼓にリズムをとる。大人も子供も一同に、右へ左へスウィングする。そのうち座っていられなくなり、誰からともなく踊り出す。我が家自慢の盆踊りである。
 
 演歌あり、歌謡曲あり、洋楽ありの大宴会も、田舎だからできること。幸いまわりが田んぼだから、気遣うのは蛙ぐらいだ。どの家も同じように、お祭り騒ぎだから心配はない。ひとごこちついたあとは、めいめいの家族が揃って村の盆踊りに場所を移す。
 それまでは遠くに聞こえている盆踊りの音も、家族の熱風でかき消されている。
 
「この時期は、肉を食べた方がいいんです。そうでないと、向こうに連れて行かれるんですよ」
 

〝向こう〟とは死者の国、彼岸である。民俗学研究者である知人からそう聞いた時、なるほどそうかと、膝を打った。なぜ夏はバーベキューなのか、夏は肉を欲するのかと、疑問に思っていたところだった。暑くて体力の消耗が激しいとか、栄養学的にどうのこうのと、もっともな理由はいろいろあるだろうが、私にはその言葉の方が不思議とストンと胃の腑に落ちた。死者たちが好むのは野菜や果物であって、肉ではないというのは、おそらく仏教的な思想。だから科学的な根拠はないと思う。それでもいいじゃないか。彼岸の人と此岸の人の食の好みの違いなのだ。
 
「♪ウェン、ザ、ナイ、ハズ、カム…、

 …ソウ、ダーリン、ダーリン、ステ〜ン、バイ、ミー…♪」
「うるさい」
「なんでよ〜、いいじゃん」
 

 料理をしながら歌う私に、息子はいちいちウルサイ。〝むかしはアンタも大合唱していたくせに〟と、ぶつぶつ言いながら、なにかと口うるさい息子を目の端に追いやる。
 
 
 When the night has come. 

 And the land is dark.
 And the moon is the only light we’ll see.
 No I won’t be afraid, no I won’t be afraid. 
 Just as long as you stand, stand by me……
 

 夜が来て、闇に閉ざされ、月明かりだけになったとしても、僕は恐くない。怖くなんてないんだ。君がそばにいてくれたらね。だから僕のそばにいて…。
 
 各家々から立ち上る送り火にのって、先祖たちは彼岸へと還ってゆく。それでも、いつもそばで見守ってくれているような気がするのはなぜだろう。

 盆の夜空に狼煙が上がり、先祖供養の弔いの音が鳴り響く。夏の終わりを告げるように。

 

 

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