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梅子黄(うめのみきばむ)

2019.06.20

 梅の実が黄色く色づきはじめた。梅干し用にと買い置きしていた青梅である。去年はじめて作った梅干しがことのほか美味しかったので、今年も作ろうと思い、出始めのみずみずしい青梅を買って置いたのだ。梅酒用と梅シロップ用、梅干し用合わせて3キロの梅が、部屋の片隅で出番を待っていた。
 梅酒と梅シロップには爽やかな香りが際だつ青梅が、一方、梅干しには完熟が合うというので、青々と生きのいいうちに梅仕事にとりかかるつもりだった。ところが、あいにく空瓶がない。焼酎も氷砂糖も切らしていた。まったくの準備不足である。すぐさま買いに行けばよかったのだが、仕事と雑事に追われるうちにタイミングを逃してしまった。いつの間にか青梅は色づいていた。ぴちぴちの若い時期は、あっという間に過ぎ去ってしまうのだ。
 
「梅子黄(うめのみきばむ)」。旧暦、七十二候の呼び名は本当だった。新暦では6月16日から6月20日前後がその時期をさす。その頃を見計らうように、青梅はゆっくりと色を落としていたのである。
 代わりに熟した大人の色香を放ち出した。甘い香りに誘われて、ようやく梅仕事と相成った。
 

 店頭でも、にわかに梅が香りはじめた。スーパーに入るや、ぷんと甘い香りが鼻をくすぐる。こんなところでも梅は季節を感じ取っていたのかと驚いた。親の木から離れてずいぶん経つだろうに、熟れどきをきちんと知っているとは、なんと賢い。色づく頃を、梅は体で記憶しているのだろう。「今日は何日だっけ?」などと日付すら忘れる私とは大違いである。
「人間の記憶などあてになるもんか」と、我が身の記憶力の悪さを棚に上げてうそぶいてみる。
 それというのも、最近、周りに旧暦にそって暮らしている人が増えたからだ。太陽太陰暦の二十四節気や七十二侯のほうが、しっくりくるという。たしかに、新暦と季節感は一致しない。それはそうだ。気候という言葉は、二十四節気の「気」と七十二侯の「侯」が合わさって出来たのだから。お天気キャスターが「暦の上では…」というときの「暦」が旧暦を指すのも、気候とのすり合わせだろう。私の記憶力も、旧暦にそえば回復するだろうか。
 
 それにしても、ちょっと前は苺の甘い香りでいっぱいだったのに、もう梅の熟れ時とは、時間の経つのは早い。そうこうしているうちに、スイカやらぶどうやらが、ランナーよろしくバトンを渡しながら次々店頭に現れる。野菜も果物も、あるいは魚介類も、自然の恵みは待ったなしだ。災害に見舞われないかぎり、申し合わせたように季節の運行どおりにやってくる。
 
 そうそう、梅干しづくりだった。たいしたことはない。初心者でもできる、邪道な梅干しづくりである。本格的に土用干しなどと手の込んだことはしない。保存用の袋に塩と一緒に入れておくだけの、簡単で手軽な梅漬けだ。ところがどうして、これが意外に美味しい。梅仕事初心者にしては上出来だと、自分を褒める。
「だれも褒めてくれないから、自分で自分を褒めるのよ」と、室礼の先生がおっしゃったのを思い出す。
 すでに立派な功績を残されている先生でさえ、自信をなくすことはしょっちゅうあるのだと言って、そう教えてくれた。
 
 手仕事が好きで、あれやこれやと手作りはしても極めるまでにはいかず、ある程度できれば良しとするのが性分。それでもやっぱり、家族が美味しいといってくれれば嬉しいし、作りがいもある。だから、上手くいかないときはそれなりに落ち込む。このたびの梅仕事も、ほんとうは早く取り掛かりたかった。気だけが急いて、行動は空回りしていた。しだいに色づいていく梅に申し訳なく、少しばかり傷んでしまった梅もちょっと贅沢にブランデー漬けにしたり、傷みのひどいものはジャムにして、ほったらかしにしたことを詫びた。せっかく瑞々しい美しい姿であったのに……。
 
 自然のリズムは規則正しい。よほどのことがないかぎり、秩序が乱れることはない。春夏秋冬を6つに分けたのが二十四節気ならば、一ヶ月を上旬、中旬、下旬に分けた10日ずつが「旬(じゅん)」になる。「旬の味」というのは、この「旬」を基準としているそうだ。季節の食べ物がいちばん美味しいのは、だいたい10日前後。このときを逃すと、味は落ちるという。
 自然の運行はゆっくり進むと見えて、実はくるくると移り変わりは早い。しかも、次の季節の準備は万端に整っている。
 
 梅仕事は一日がかりだった。
「まだやってたの?」
 朝出かけた息子が夜遅く帰ってきて、そう言った。
「ああ、お帰り。もうこんな時間なんだ」
 時計は夜の11時をさしていた。梅仕事に没頭していて時間を忘れていた。
「今年も、はちみつ漬けは作ったの?」
「うん。シソ漬けより、はちみつ漬けがいいの?」
「まあね」
 
 はちみつ漬けを好むあたり、まだまだ青いな、と大きくなった背中に向かってほくそ笑む。それでもあっという間に色づいて、大人の色香をまとうようになるのかと思うと、嬉しいような寂しいような。
 仕方ない。手塩にかけようがかけまいが、梅の子も人の子も色づていゆくのだ。自然の運行どうり、待ったなしで。

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