日々是食日 体と心が喜ぶ食の話

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本物の真髄(電子版)

水仙の意思

2022.04.09

 2ヶ月ほどまえから早朝散歩を再開した。といっても、毎日ではない。歩く道も以前とはちがう。まえは草木の生いしげる野鳥の森へ行っていたが、今度は真逆の河川敷である。

 堤防わきのそこは、歩く人だけでなく自転車もとおる。早朝なら通勤、通学の自転車に、ジョガーも散歩の人もいる。堤防下の河川にはアサリ漁の舟かと思われる漁船がずらりとならんでおり、もっと早い時間、運がよければ漁に出るまえの海の男たちの仕事を見ることもできる。

 野鳥の森の方から来るのであろう、毎日、ほぼおなじ時刻に鵜や鴨などの親子が海面に帯をひいて河下から姿をみせる。遅れて来るもの、水にもぐってジャレあうもの、追いかけこするもの、みんなかわいい。

 

 まだ冬の時間だったとき、朝日はなかなか顔を見せず、海面がうっすらと色づくのは今よりも半時間ばかり遅かった。海からのぼる太陽は、仄暗い静けさの中に光を浮かび上がらせ、ふたたびあたらしい一日がはじまったことを知らせてくれた。朝日にむかって歩いていると、それだけでエネルギーが充満されてゆくのがわかる。

 通勤や通学の自転車、働く車が朝日をあびて走り去る姿に、動き出した今日という日をともに共有しいていることにしみじみ喜びを感じるのも、これまでになかった感情である。
 河川敷までは湾岸線とぶつかる道の歩道だから、日中は車の通りも激しいのだが、早朝はまだそれほどでもなく、空気は澄んですがすがしい。行き交う人も車も、心なしか清らかに見え、道中に咲く花や草木、みんな朝焼けに染まって美しいのだ。
 
 とりわけ通り沿いのマンション一階の庭に咲く花木や、病院の花壇に所せましと植えられた花々の愛らしいこと。フェンス越しに顔を出したり、ソメイヨシノや椿などが手を差しのべるように歩道へ枝を伸ばしていると、人がとおるのもかまわず、つい「おはよう、きょうもきれいね」などと声をかけてしまう。
 うっかりすれば、あやしい人。それでも、朝から美しいもの、愛らしいものと出会えるのだから気分はいい。ちょっと前の花の開く前など、なにかで知った橘曙覧(たちばなあけみ)の歌の気分であった。
 
―― たのしみは朝おきいでて 昨日まで
   無かりし花の咲ける見る時
 
 昨日までなかった花が咲いているのを見つけることが楽しみになれば、早起きもまた楽しみになる。それがいいではないか。
 
 そんな風にして早朝散歩を楽しんでいた矢先、病院の花壇の水仙が一筋、腰から折れているのを見つけた。背丈はすっかり大人のようだが、まだ色に幼さがのこる。ちいさい頭も支えられず、地べたに這いつくばる姿があわれであった。
 あまりに首が長くて倒れたか、それとも何かの拍子に根元から折れてしまったのか、そっと持ち上げ後ろの紫陽花の枝葉に寄り添うよう絡めてやった。
「これでだいじょうぶ」
 それからしばらく、水仙はそのままの姿で立っていた。いく日かすぎ、久しぶりに前をとおると、水仙はまた腰を折って倒れていた。首の細さに対し頭が重いのだろうか、それともその姿勢の方が楽なのか、とりあえずそっとしておこうと、その時はそのままにして通り過ぎた。
 後日、ふたたび前をとおったとき、「あ!」と目を見張った。
 なんと、水仙はしゃんと立っているではないか。まわりの水仙やチューリップと肩をならべ、顔をあげて太陽の光を受けている姿は誇らしげでもあった。
「なんだ、不慮の事故で倒れていたわけではなかったのね」
 そうだった。人の手を借りなくても、花は自力で起き上がるのだ。たしかにあの時の水仙は、まだ生まれたばかりの赤子のようだった。まわりの花は一足先にしゃんと背筋を伸ばしていたから、きっとこの水仙はなにか事故にあったにちがいないと勝手に思い込んでいた。

 

 ――まわりがそうだから、おなじように咲いて当然。

 

 その考え自体が間違っていた。この水仙は、自分が起き上がる時期をちゃんとわきまえていたのだ。まわりが早く起き上がったからといって、それに合わせようとはしなかった。その必要もないと知っていた。だから、力がつくまでじっと身を伏せていただけだったのだ。

 

 おもえば、この花壇の花たちは、チューリップも水仙も、どの花も大きな紫陽花のかたまりや低木の草葉の陰に追いやられて窮屈そうである。太陽の光もとどかない。だから、ほとんどの花は必死で首を長く伸ばしている。みんな背丈はひょろりと高いが頭はちいさく、それゆえわずかな隙間をねらって顔を出している。その必死さがまた健気で、倒れた一筋の水仙が競争に負けたように見えて思わず手を貸してしまったのである。

 なんと浅はかな……。
 まったく植物というものは儚げにみえて、その実は人よりはるかに強い。つくづく人間の浅知恵など、自然の前には要をなさないことを思い知った出来事であった。
 

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