日々是食日 体と心が喜ぶ食の話
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ココロバエ
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ちからのある言葉
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日々是食日

食べることは生きること。生きることは、心と体が感じて動くこと。
体の声に耳をすませば、きっと応えてくれるはず。
日常のなかにあふれる喜怒哀楽をスパイスに、心と体が喜ぶご飯を召し上がれ。(テキスト/神谷真理子)

Topics

2021.04.27
今年もやわらかな緑の風が薫る季節になった。ちょうど去年の今頃はマスクを強いられて間もない頃で、人を避けながら恐る恐る早朝に近くの野鳥公園まで散歩に出かけていたものだ。それが今となっ…
2021.03.08
ある日の夕暮れどき。買い物から帰る途中に、幸福を絵に描いたような光景をみた。まだ3歳くらいだろうか。「ちびっこ」という言葉がぴったりな三つ子ちゃんたちが、小さなリュックを背負い母親…
2021.02.06
自分が飽き性だと思っていたのは、どうやら勘違いだったようだ。いや、正しくは、ある部分においては飽きっぽく、ある部分ではかなりしつこい。これと思ったら、ずっとそれ。食べ物も洋服も、選…
2021.01.14
それまでたいして気にもとめなかったことが、ある日突然、気になって仕方がないということがある。いつも側にあってよく触れていたものなのに、ある時ふと、それが特別な輝きを放つ宝石になって…
2020.12.13
ある日の午後、わが家にイキのいい真鯛がやってきた。初秋だったろうか。ようやく樹々も色づきはじめたころだった。玄関口で真鯛はぎょろりと眼を剥き、こちらを上から下から舐めるように観察す…
2020.11.23
数独にハマっている。3×3のブロックに区切った9×9四方のマス目の中に、ランダムに1から9までの数字が置かれて空白の箇所を同じく1から9の数字で埋めていくというあれである。「ナンバ…
2020.10.22
私ごとになりますが、このたび公式サイト「ma」を開設いたしました。「ma」とは自分の名前の一文字であると同時に、空間や時間、あるいは余白などを表す「間」でもあり、もっと言えば、目に…
2020.09.20
以前、わたしにとって書くことは「リハビリ」のようなものだと書いた。そのリハビリは功を奏し、わたしのこれまではすべて必然に変わり、大小さまざまな点は一本の線に姿を変えたと。だからとい…
2020.08.22
あついあついと言ったって、もうすでに立秋はすぎました。心なしか、早朝の空気はかすかに秋の香りを含んでいるし、夕暮れをすぎて夜のとばりの落ちるのも少しばかり早くなったような気がします…
2020.07.27
「女は45もすぎると、日本文化に惹かれるものなのよ」あるとき、室礼教室で親しくなった女性がそう言った。毎月いちど、遠く神戸から東京の世田谷まで通っているという彼女は、嫁ぎ先が元造り…

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