メンターとしての中国古典
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名と身と孰れか親しき

2019.09.23

 これは「老子」の一節で、「名誉と自分の体はどちらが大事だろうか」、つまり名声や社会的地位、世間での評価と自分の心身とどちらが大切か、と問いかけています。

 

人間は社会的動物

 

 人間は社会的動物であり、人と関わりを持ち、社会の中で認められなければ生きていけません。社会で高い評価を得るには、偏差値の高い有名大学に入り、大きく安定した会社に就職する。会社で出世して高い地位とお金を手に入れ、誰もが羨むような生活を送るなどが考えられます。社会的に評価されることは自分の存在価値を最大化することになり、自尊心や自己肯定感が高まり、死期を迎えたときに「いい人生であった」と言えるようになるのでしょう。

 

「名と身、身と貨、得と失」どちらが大切か

 

 冒頭の一節には続きがあり、先ほどのような社会の支配的な価値観に問題提起しています。全文を見てみましょう。

 

 「名と身と孰(いず)れか親しき、

 身と貨と孰れか多(まさ)れる。

 得ると亡(うしな)うと孰れか病(うれい)ある。

 この故(ゆえ)に甚(はなは)だ愛(おし)めば必ず大いに費(つい)え、

 多く蔵(ぞう)すれば必ず厚く亡う。

 足るを知れば辱(はずか)しめられず、

 止(とど)まるを知れば殆(あや)うからず。以(も)って長久なるべし」

 

 現代語に訳すると、

 

 名誉と自分の体はどちらが大事だろうか。

 自分の体と財産はどちらが大切だろうか。

 ものを得るのと失うのではどちらがより害があるだろうか。

 名誉にこだわれば必ず浪費をせねばならず、

 財産を蓄えれば必ずそれだけ多くの損失を出す。

 名誉や財産にとらわれずに満足することを知れば屈辱などとは無縁になり、

 ほどほどを心得ていれば自らを危険にさらすこともない。

 このようにして安らかに暮らす方が良い。

 

老子の特徴

 

「老子」は社会で価値あるものだと言われているものは、本当に価値のものなのか。生きる上で何が一番大切か、本当の幸せとは何か。社会で価値あると思われているものを手に入れなかったとしても決して悲観することはない。そんなパラダイムシフト(価値観の転換)を勧めているのです。

「論語」を代表とする儒教は、社会の枠組みの中でより良い生き方をするには、どう考えどう行動すれば良いかの指針を与えてくれています。特に人の上に立つ人には、徳の大切さを説いています。例えば、仁義礼智信(仁とは思いやりの心、義とは不正を憎む心、礼とは人を敬い自らを慎む心、智とは人としての道理を判断する心、信とは誠実で嘘がないこと)を「五常の徳」として人間社会の規範を示しています。

 一方、「老子」は宇宙の視点から人間社会を俯瞰し、人間社会の価値観に囚われない自由かつ本質的な視点が特徴と言えるのでしょう。例えば、儒教が仁義礼智信の大切さを説くのは、人間は自己中心的で思いやりがない、傲慢で不誠実で不正が横行している。そして人の道を踏み外す人が後を絶たないことの証であると喝破しています。

「論語」と「老子」のどちらが正しいということではなく、社会や人間のあり方をマクロ的に見るには「老子」で、ミクロ的に見て具体的な行動を引き出すには「論語」が有用と言えるのではないでしょうか。あるいは、物事が順調に進んでいる時は「論語」で、物事が行き詰まり閉塞感に包まれた時には、社会を俯瞰する「老子」でリセットするのがオススメです。

 

承認欲求の呪縛

 

 社会の価値観をベースに認められるために努力することは大切ですが、度を越すと大きな問題を引き起こします。例えば、自分の本心より世間体を重視する。評価を気にしてNOと言えず、無理難題を押し付けられ鬱(ウツ)になってしまう。お金や地位を守るために嘘をつき良心を売り払ってしまう。組織の体面を保つために不正や隠蔽、そして改ざんするなどなど社会問題が広がっています。

 

 同志社大学の太田肇教授は、この問題を掘り下げ、『承認欲求の呪縛』(新潮新書)という著書にまとめられました。( アマゾン:https://amzn.to/30jRl2y

 まず、承認欲求とは、マズローの欲求階層説にも出てくる人間の大きな欲求の一つで、人に認められ、自分を重要な人間として認めたいという欲求を言います。

 承認欲求を上手く刺激すると、自己肯定感・自己効力感などが強くなり、ドーパミンが分泌され内発的モチベーション(やる気)が高まります。成績が向上し、評価や処遇への納得感が高まります。離職防止、メンタルヘルスにも好影響を及ぼします。

 しかし、この「認められたい」という欲求が、「認められなければならない」といういう欲求に変わる時、呪縛が引き起こされます。呪縛にかかるとどんなことになるのかといえば、人目を気に過ぎる。過剰なプレッシャーやストレスに苛まれる。NOと言えなくなり、人に操られるようになる。嘘をついたり虚勢をはる。忖度、改竄、隠蔽、嘘をつくなど不正行為に走る。嫌なことから逃げ出せなくなり、うつ・自殺にまでつながります。

 呪縛にかかりやすいのはどういう人かといえば、トップに躍り出て、それを守ろうとする人(スポーツ界など)、官僚や有名企業など失敗なく成功を続けたエリートの人、一つの組織で他に行き場がない人(終身雇用で会社と家の往復の人)、上と下の両面から期待される中間管理職、そして普通の人も対象となり得ます。

 つまり、誰でも認められたいという欲求があり、周囲の期待が実力を超えた時、そして真面目な人が呪縛にかかりやすいのです。

 

呪縛への対処法

 

 ではどうすればいいか。太田先生は次のような処方箋を提唱されています。

 組織集団からの分化(どっぷり浸からない、複数の集団に属する)。優等生から脱皮し等身大の自分で生きる。自分の意志で動き、受け身ではなく積極的に考え動く。正しい承認つまり、褒める叱るでなく良い悪いの事実を伝える。

 私(三村)なりに大事だと思うことは、世間の価値基準ではなく自分の価値基準で生きる。いろんなコミュニティーに属し、幅広い人間関係を築いて多様な居場所を作っておく。「捨てる神あれば拾う神あり」と考え、気を楽にするなどです。そして、「降りる勇気、NOと言える実力」を身につける必要があると考えます。

 

 政治も行政も会社も、現代社会は昭和の人間が支配しています。しかし、昭和の時代から平成の時代へ、そして令和の時代へと世の中が大きく変わっています。「老子」が提唱するように宇宙の視点から社会を俯瞰し、昭和の時代の考え方、やり方に囚われない新たな形を模索して行かねばならないのではないでしょうか。

Profile

三村 邦久

三村 邦久

1961年、兵庫県生まれ。

株式会社アイパートナー代表。中小企業診断士。著書に『「愚直経営」で勝つ!』(PHP研究所)、『豊かな働き方 貧しい働き方 自分と組織のマネジメント論』『うーにゃん先生の持ち味コーチング』(いずれもフーガブックス)。

株式会社アイパートナーHP

http://www.i-partner.co.jp

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