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誰もがやりたくないって本当!? PTA問題② 現状編

2019.07.21

Episode 11 

 

海の日を迎え、子供たちが夏休みに入りましたね。

昨日から猛烈な蒸し暑さの関東ですが、台風の接近も心配です。

 

今年はなかなか夏らしさを感じられない夏休みの始まり。

江の島の海の家にも例年のような賑わいがなく、海も寂しそうです。

そろそろ元気なひまわりが恋しいですね。

 

さて、今回もPTA問題の続きです。

 

今、これだけPTAが問題になっている背景には、

「時代背景が違う」ということをまったく考慮に入れていない点でしょう。

 

私の親が子育て世代だったころの30〜40年ほど前は、ほとんどが専業主婦だったと聞いています。

働くお母さんというのはごくごく少数派で、しかも商店街があるような街ではなかったので自営業者も少なく、そして子供の数も多かった。

なにしろ、私は団塊ジュニア世代です。

生まれたときからわんさわんさと子供がいたのです。

 

一方、今、私の子供が通う小学校は、一クラス30人以下(わが子のクラスは27人)が2クラス、学年によっては3クラスの学年もありますが、全部で340人くらいの児童数です。

私が小学生だったころは45人クラスが普通で、私の学年は5クラス、兄のクラスは6クラスありました。おおよそ児童数1500人。

 

340人 vs 1500人!

 

私の住む街に関して言えば、一世帯あたりの子供の数はさほど変わらない印象です。

わが子の通う小学校では、一人っ子は少なく、子供が2人、3人、4人の家庭もあります。

私の子供時代も一家庭当たりの子供の数は同じような感じでした。

ということは、児童数にほぼ比例して世帯数があり、それだけの数の保護者がいたということ。

昔はそのうちのほとんどが専業主婦で、現代のような介護問題はほとんどなく、

家庭の主婦が自分の家庭の子育てに比較的専念できた時代だったわけです。

 

しかし、ご存じのように、今は違います。

4人お子さんがいる家庭の主婦でさえ、パートで仕事をしています。

都心の大手企業でバリバリと働くキャリアウーマンもいますし、近くに住む親の介護をしなければならない家庭もあります。女性が少しずつ社会進出し、以前よりは自力で経済的な力を得られるようになり、母子家庭も増えています。

おそらく、専業主婦で、介護も必要ないという家庭は3割もいないのでは、という印象。

 

それなのに、PTA規約というのは、ほとんどの学校で長らく変わっていないという現状があります。

わが子の通う小学校では何度かの規約改正がありましたが、

「○○の役職をやった人はその子供に対して代表にならなくてよい」というような、免除規定が追加される程度です。

本部役員に至っては、「一度本部役員を引き受けると、世帯で今後一切委員を引き受けなくてよい」という免除規定もあります。

本部役員は忙しく、2年間の任期という面を考慮してのことですが、

ただでさえPTA会員(家庭数)の数が昔よりも減っているにもかかわわらず、

免除規定を作れば免除の人が増え、免除外の人が何度も何度も委員をやらなければならない、という、歪みが生まれます。

ちなみにわが校では、1人につき2回は当たり前なので、2人子供がいれば4回(4年)何らかの委員をやらなければなりません。

3人だったら6回、4人だったら8年間をPTAの委員活動に縛られることになるのです。

 

免除規定があるから委員になってもいい、という人が多数いることはたしかです。

「その年」だけの委員決めを考えれば、これはある種の解決策になります。

けれども、時間軸をもっと長く見つめてみれば、これは必ずしも良い策ではないということがわかるはずです。

大変な役割を担った人の努力に報いるという理由で免除規定を作ったにも拘わらず、これがあることによって、翌年以降の委員決めをさらに難航させるという本末転倒な施策。

 

わが校では、本部役員に関しては他薦投票制ということもあり、みなさん、とても良い人たちで、仕事もできて、一所懸命。私も楽しくお仕事をさせていただいています。

しかし、人と人が集まれば、そしてその組織に歴史が長ければ長いほど、さまざまな問題が出てきます。(わが校は150年以上の歴史があります)

 

私事になりますが、これまでの会社員経験のなかで、いくつかの組織の改革に携わってきました。

新人のときは「会社初の」と言われることが多く、会社に風穴を開ける役割を期待されました。ドイツでは、買収した店舗の立て直しが仕事でした。

帰国したのちのメーカーでも「会社初のプロジェクト」でこれまでの会社の「当たり前」を覆すような仕事を任され、その後に入社した会社では、人事制度を始めとする改革をするために、経営企画担当の取締役になりました。

どれも楽な仕事ではありませんでしたし、どの仕事も最初は初めての経験で、苦い思いもたくさんしてきました。

けれども、どの仕事も楽しく、求められた実績を残して、各社を卒業することができました。

 

いま、PTAの副会長として、学校の仕事をしていますが、まだまだ見習い期。

2年任期なので、2年目副会長さんのサポートをしている段階でしかありません。

みんな一所懸命に取り組んでいる活動も、外から見ると

「くじ引きで委員を決めるなんておかしい」

「任意と言いながら、PTAにほぼ強制で入会させられる」

そんな批判は毎年あります。

実際に活動している委員さんからもクレームが入ることもしばしばで、2年目の副会長さんはその処理に毎日頭を悩ませているのが現状です。

 

本部役員となってまだ日が浅いですが、

「こんなことを実現したら、質を落とさず、かつみんなが楽になるのではないか」

と思うようなことがいくつもあります。

現状の私個人の感想は、「なんでも前例主義」。

なぜ、この仕事が必要なのか。という問題に対して、

「前からやっているから」

「こなすだけでも大変なのに、なにかを変えるのはもっと大変」

「何かを変えたら、これをやった前任者の人に悪い」

「まずは(すでに引退した)前任者に聞いてみる」

 

仕事にはとても一所懸命なのに、すべてが「過去重視」なのです。

「これまでどうであったか」、ということよりも「これからのPTAに必要か」という視点で考えてほしいのですが、まだそれを活発な議論に転換できていません。

まずは、今のメンバーとの信頼関係を作ることが先決だと思っています。

今は静かに周囲を観察しながら、自分が2年目となったときには、「質を落とさずに業務のスリム化」を実行していきたいと思っています。

 

業務はスリム化したけれど、前よりもPTAって楽しいじゃん!

仕事内容に無駄がなくなった上に、前よりも、いいことやっているじゃん!

(鎌倉っ子は、はまっ子と違ってこんなふうに「じゃん、じゃん」言いませんが(笑))

という組織にしていくのが目標です。

 

先日、鎌倉を含む湘南地域全般のPTA連合会主催の指導者セミナーがありました。

外部研修はためになることが多いので、クレーム処理に忙しい2年目副会長さんに代わって、率先して出向くようにしています。

自分が学びに行きたいという気持ちが強いので、強制されている感覚はまったくありません。むしろ、仕事以外の分野の視野が広がって、有り難いとさえ思いました。

 

先週は、鎌倉駅で青少年健全育成推進キャンペーンということで、19団体123名のボランティアとともに、啓蒙チラシを配りました。

ティッシュがついているとはいえ、これがなかなか受け取ってもらえません。

ボランティア123名のうち、半数以上が鎌倉市内の公立私立の中学高校生たちでした。未来を担う子供たちのために、PTAも活動をしています。

ボランティアに参加してくれる学生さんたちも、自分たちの未来を健全なものにしていこうと立ち上がってくれています。

しかし、まだ子供を一人で家に置いておけない小学校のお母さんにとっては、平日の夕方駅でチラシ配りせよ、とは、やはり難易度の高い要求です。

青少年がアルコール、タバコ、薬、援助交際やスマホ依存、詐欺の受け子などの被害者、加害者とならないために啓蒙することは大切ですが、チラシを見たところで、どれだけの効果があるのかも、正直なところ疑問が残ります。

そもそも、チラシを受け取ってくれる方のほとんどはティッシュをもらうためなのですが、高齢者ばかりなのです。

その方々が、お孫さんや曾孫さんの世代に、注意喚起をしてくれるのでしょうか。

「やることに意義がある」というのはちょっと効率が悪いですね。

そもそも、チラシを配ることが、平日の夕方、子供に留守番をさせることより本当に大切?

 

「どうしたら効率的に啓蒙できるか」というところから議論したうえで、キャンペーンを展開するべきなのではないのか、そんな思いを抱きながら、チラシを配っていました。

きっと、また来年も、何の議論もなく、当たり前のように子育て世代のお母さんたちを平日の夕方に引っ張り出してチラシ配りをするのでしょう。

ちなみに、私が実行委員だったら、中学、高校、大学の前で、学生に直接配るようにすると思います。各学校は、学生たちのために行う啓蒙キャンペーンを否定しないはずです。

そもそも、県や市が学生たちのために行っていることですから。

もし今回、持ち帰って良いというルールだったら、チラシ配りの次の日に仕事で赴いた大学の、自分の講座の学生に配りたかったですね…。

ティッシュ目当てでチラシを受け取ってくれる方よりも、実際に「青少年」とされる年齢の世代に、直接訴える方が効果は高いのではないかと思うのです。

 

みなさんだったら、チラシをどう配りますか?

あるいは、チラシ以外での啓蒙のアイデアはありますか?

(今、断捨離や整理収納ブームで、「チラシをもらうな」とか、「玄関にゴミ箱を置いて、チラシは家に入れるな」という「教え」が流行っていますので、そもそも、もうチラシ作戦は辞めてほしいのですけどね…)

 

こういう議論があって初めて、件のチラシ配りがなされなくてはなりませんよね。

 

活動の目的が問題なのではなく、進め方に問題があるというのがおそらく全国のPTA活動。でも、中にはPTAでオリジナルTシャツを作って参加している学校もありました。

きっと、このような学校のPTAの方々は、誇りをもって活動をしているのだなということが、想像できます。

その学校は高校だったので、お母さんたちも小学生ママよりも時間的ゆとりがあるのかもしれません。

小学校のPTA、中学校のPTA、高校のPTA、公立のPTA、私学のPTA…

いろんな形のPTAの在り方があり、中にはPTAがないという選択をした学校もあります。

 

誰かの犠牲の上に立つ活動は長続きしません。

本来、PTAの加入は任意のはず。

それに、委員はできなくても、会費を払うだけでも、十分にボランティア活動に参加していることになります。

あしなが基金や赤い羽根共同募金のような活動も、街頭に立ち、募金を募っている人も、募金をする人も、ともに同じ活動に共感し、協働している仲間と言えます。

ならば、PTAだって同じこと。

会費を払ってくれたのだから、いいじゃない。という柔軟性は難しいことなのか?

誰もやりたがらない活動だったとしたら、なぜ、続ける意味があるのか?

単なる前例主義ではなく、そもそも論で考えるメンバーが一人でも多くいることで、いつか組織は変わってくるものと信じたいですね。

 

「改革」ではなく、「進化」である。

そう考えて、頑なに前例に固執するアタマを変えていきたい。

さて、一番頭が固いのは誰なんでしょうか。

PTA幹部? 教育委員? それとも首長?

いえ、おそらく一人ひとりの頭が柔らかくなれば、さまざまな方法で「楽しいPTA活動」が実現するのではないかと思います。

 

現在、大学の講師として毎週講義を担当していますが、白紙の状態で「さあ、大きなテーマは決まっているから、グループごとに個別のテーマも決めて、それについて議論して」と言ってもできない学生が多いんですね。何を話していいかわからない。誰から口火を切っていいかわからない。

 

結局、「そこに書き込んでいけば、議論が成り立つ」というワークシートを用意し、さらに、その講義の最後にグループごとに発表せよ、というミッションを与えました。

 

すると、なんとなく動き出した学生たち。

生まれたときからモノがあふれ、すでに選択肢がたくさんあって、売り手市場の現在。

自分のアタマでゼロから考え出すことの苦手な学生の多いこと! 

これもアタマの固さの一つですね。事例、前例、道筋を示されたフォーマットがないと動けない。

 

ちなみに、最初から活発に議論しているグループがいくつかありましたが、そのグループには共通点がありました。

 

なんだと思いますか?

 

答えは、「留学生がメンバーに混ざっていること」でした。 ああ、悲しい…。

 

日本の未来を担う学生さんたち、PTAのおばさんたちも、進化を目指して頑張るから、君たちも頑張ってくれたまえ!(とは、言えませんでしたけど(笑))

 

みなさんの未来に、いつも素敵な進化がありますように。

 

schoenen Tag noch!

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