文筆ウーマンの子育て奮闘記
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ママ友といじめとにゃんこ、の意外な関係

2019.06.20

Episode 9

 

梅雨の合間の清々しいお天気が心地よいこの頃。

江の島では早くも海の家の建設が始まっています。

 

わが家のボーイズ、運動会が無事終了しました。

長男は、一週間ずっと雨だった週の、たった一日、“曇りのち晴れ”の奇跡の土曜日が運動会でした。

前日の夜までどしゃ降り。それでも学校の先生たちは、天気予報に望みをかけて、せっせと運動会準備をしてくださいました。

2年生になった今年は、徒競走でも1位、リレーでも1位でバトンを渡すことができました。

 

一方、幼稚園に通う次男は雨の中、体育館とお教室で小運動会決行。

ずぼらな母親のせいで、お便りに「雨でも体操着」と書いてあったのを見逃し、一人だけ私服で参加する羽目になってしまいましたが、まったく気にしない性格のおかげで、次男は楽しそうに参加していました。

 

幼稚園に入園したての次男なのですが、「いつもニコニコ」との評判よろしく、

すでに園でも上級生からもあだ名で呼ばれるくらい有名人です。

なにしろ、一学年100人×3学年というマンモス幼稚園。

300人のお友達から2か月ほどで名前を覚えてもらうとは、親のひいき目を差し引いても、なかなかのツワモノでしょう。

さて、次男と一緒に私も、新しいママさんたちと交流が始まりました。

行事にはなるべく参加し、子供と一緒に、私も顔と名前を覚えてもらうようにしています。

たいていは年下のママさんたちですが、無理やり「あっこちゃん」を名乗り、親しみやすさをアピール。え?姑息ですか?(笑)

 

高校生くらいから、他の男の子は女の子のことも「田中~」という感じで名字呼び捨てだったにもかかわらず、なぜか私は「関口さん」と「さん付け」で呼ばれていました。

本当は活発な熱血陸上少女ではあったのですが、長い黒髪をいつも垂らしている制服姿のときは、どうやら話しかけづらいと思われていたようです。

中身と外見の印象が違うのは、それからずっと続いていて、今でも、どこか話しかけにくい人だと勘違いされているふしがあります。

若いときからの経験値で、最初の集まりには極力参加し、自分の素のキャラクターをわかってもらうように努力します。

その結果、仲良しのママ友さんができたり、ホームパーティーに呼んだり、ということもしばしば。

 

そんな私が言うのもおかしいのですが、

「ママ友は無理して作らないでいい」と思っています。

ママ友ができる、できない。いたのに仲たがいした、あるいはグループで仲間外れにされた……。という話が、ひところお茶の間を賑わせたこともありました。

ママ友によるいじめで、子供たちの大切なお母さんが2人、自殺をしたというショッキングな事件もありました。

自分の子供をいじめから守るために立ち上がったお母さんが、いじめた子供の母親を中心としたグループから陰湿ないじめ行為を受けていたそうです。

唯一、最初に自殺をした母親の味方だった女性も、次のいじめのターゲットにされ、跡を追うように自殺。

母親を亡くした家庭が、小さな町に2家族もできてしまったやりきれない事件です。

 

当事者でない私たちは、つい、「死ぬくらいなら引越せばいいのに」と思ってしまいがちです。でも、引っ越すことができない事情があったのでしょう。

そして子供たちを守りたくても、その前に自分の心が壊れてしまった。

大切な子供たちを残して亡くなった2人の母親のことも、残された子供たちや家族のことも、考えるだけで切なく、やり場のない怒りに震えます。

 

みなさんも、学校のような公の場や、ご近所での社交の場で、母親同士話すこともあるでしょう。

でも、子供が小学生に上がると、子供は勝手に友達を作り、選びます。

 

わが家は長男が、保育園を途中入園し、その後幼稚園年少から入り直しているので、その都度、新しい「ママ友」ができました。

でも、保育園を卒園したら、子供は保育園のお友達を忘れて、幼稚園のお友達に夢中です。幼稚園を卒園したら、もう小学校のお友達が一番。

子供は、成長するたびに、自分の友達を変えたり、そうでなかったり、という選択を重ねて生きていきます。

私のように、未就園児のころから親友だった子を、今でも「一番の友」と思い続けているのも、また本人の選択です。

お母さんも同じでいいのです。子供が笑顔で幼稚園や学校に通っていれば、ママたちが徒党を組む必要はありません。

 

最近、スタンフォード大学教育学博士課程卒のアグネス・チャンさんも、私と同じように考えていることを知り、とても嬉しく思いました。

なぜなら、「ママ友は無理して作らなくて良い」「子供の成長とともに、昔のママ友と無理して付き合い続けなくて良い」、というと、ちょっと冷たい人に思われそうだなと感じていたからです。

さらに言えば、私は学生時代の同級生で、ずっと大切にしたいと思える人は、じつはほんの一握り。

学生時代の友人は生涯の友だ、という人もいますが、少なくとも私はそうではありません。

あのアグネス・チャンさんと私とでは、有名無名の違いだけでなく、年齢も違えば、学歴も違います。

共通点があるとすれば、それは「自分の世界を持っている」ということだと気づきました。

私は子供のころ、学校以外の場所に、大切な親友がいました。

たとえ学校で仲良しがいなくても、学校から帰って来たら、大好きな友達がいるという安心感は、一つの場所に固執しない性格を助長したようです。

一つの場所や人に固執すると、そこから離れるのが怖くなって、そこに縛られるようになります。

最初は自分が場所や人を縛っていたつもりなのに、いつの間にか、立場が逆転するのです。

 

そうならないために、できることがあるとしたら、それは自分の世界をしっかりと持って生きるということです。

私も2児の母親業をしながら、仕事をしていて、外の世界があります。

今は大学で非常勤講師として教鞭を執る日もあれば、本の執筆のために出版社の方とお会いする日もあります。

息子の小学校では、息子の友達ではない学年のお母さんたちと一緒に、PTAで本部役員をして、子供たちの学校生活をより良くするための活動をしています。

いろんな世界を持っているからこそ、たとえどこかで居場所がなくなっても、頑張れるのです。

一番大切な家庭では、可愛いさかりの子供たちと、優しい夫が待ってくれています。

もうそれだけで十分。そういう気持ちが、心の安定感につながっています。

そして、子供たちには、なるべく通っている学校以外にも友達ができるような習い事をさせています。学校も学年も違う仲間がいろいろな場所にいることを自覚すれば、子供たちはどこでも力強く生きていくことができると信じています。

 

日本では、子育ては、母親がメインになり、その責任を負わされます。

生物学的に母親と父親は役割が違います。そこを一緒にしてねというつもりはありませんが、世の中の人には、多くの家庭では母親が子育てを一身に背負っている、という現実を知ったうえで、接してもらいたいと思います。

多くの主婦は、一人で家事育児を背負っています。

だからせめてその大変さを共有できる仲間が欲しいのです。

そして、せっかくできた「理解してくれる仲間」から疎外されることはあってはならないと思い込む。

だからママ友との付き合いは、人によっては疲れるだけのものになってしまうのでしょう。

ママ同士のいじめや、徒党を組みたがるのも、こうしたストレスが要因の一つであるとも感じています。

 

長男がまだ赤ちゃんのとき、電車に乗らなければいけない用があり、抱っこひもに入れて電車に乗りました。

しだいにグズグズと言いだし、私はおろおろするばかりでした。

そんなとき、見知らぬ女性が、「あらー、眠いのかしら」と話しかけてくれました。

さりげなく心遣いをしてくださった女性のおかげで、ピリピリしていた私の心がほっと緩んで、うっかり涙がこぼれそうになりました。

電車の中で子供が泣いて、母親が責められることのないようにと、子育て経験のある見ず知らずの女性は私を気遣ってくれたのでしょう。

ほんの一言で、人は救われるものだと実感した私は、それからは同じような場面に出くわしたとき、先の女性を見習って、同じように行動するようにしています。

 

思えば、あのとき私は仕事も休んでいて外の世界がなく、家には義父母がいて気を遣っている毎日でした。育児の泣き言も言えないし、家事はやらなくてはいけない。子供は赤ちゃんで、自分もママなりたて。でも、だれも褒めてくれないし、労ってもくれない……。

世界が自分と目の前の子供だけになってしまい、その世界はどんどん狭くなっていったのです。

そんなとき、電車の中で、私の苦労や孤独をわかってくれる見知らぬ方に出会えた。

それだけでどれだけ救われたかしれません。

家でほっとする時間がほとんどない義父母との同居生活も、唯一自分を取り戻せる時間である仕事を再開していなければ耐えられなかったと思います。

 

ママが仕事で出かける日は、長男も次男も寂しそうです。

それでも、長男はママがお仕事をしていることを少しは誇りに思ってくれているようです。

「ママ、本書いているんだよ」「ママ、大学生に勉強教えてるんだよ」

自分の仕事のことを周囲にはあまり言わないようにしようと思っていても、放送部並みの伝達力で、息子は学校で友達に話します。

 

子供との時間を大切に過ごすために、私は仕事をしています。

子供のせいで、自分の世界が狭くなった、こんなはずじゃなかった、と思いたくないから、子育ても仕事も全力で取り組んでいます。

仕事は自分にとって、これまでの生き方を表わす、自分自身でもあるのです。

 

子育てで大事なのは、ママが友達を増やすことではなく、子供が笑顔で日々を暮らし、自分の力で友達や未来を引き寄せる力を持つための、手伝いをすることです。

そして、自分で選んだはずの「子供を産み育てる」という人生を、子供のせいにして後悔しないために、世の中のママたちはもっと自分の世界をもってほしいと願います。

もちろん、そのためにママ友が必要なら作ればいいし、ママ友というカテゴリーではなく、一人の友人としてつき合えるならそれも素敵なことでしょう。

 

余談ですが、私はママ友よりも、息子の友達から比較的人気があるようです。息子の友達と会うと、男女問わず、必ず「〇〇のママ~」とみんなが手を振ってくれます。

学校で長男のクラスの行列にあったとき、みんなが私にハイタッチをしてくるので、一人ひとりに対応していたら、役員会に遅刻した…ということも。

ママ友が多いことより、子供はお友達に人気のあるママが大好きです。

 

ただ、シャイな長男から最近はこんな注文が。

「ママ、学校に来るときは、帽子とサングラス、外してよね」

紫外線が増えるこれからの季節、この注文にどう応えるか、目下思案中……。

 

ところで、野良猫ちゃんたちも、「近所の寄り合い」があるそうです。

集まって何をするのでもないのですが、顔合わせしておかないとまずいとか…(『ざんねんな生き物図鑑』より)。

ときどき街角で見かける一見のどかな猫たちの寄り合いは、「しょうがなくしているご近所付き合い」だなんて、猫ちゃんには悪いですが、笑ってしまいます。

大変なのは、人間だけじゃない。

猫ちゃんの世界もいろいろ大変なんですね……。

 

みなさんの世界が今日よりももっと、広がりますように!

 

schoenen Tag noch!

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