文筆ウーマンの子育て奮闘記
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魂は、生まれつき

2019.06.04

Episode 8 

 

6月に入った途端に、ジメジメとした空気が漂ってきましたね。

わが町、鎌倉はこの時期、紫陽花が神社仏閣、そして線路沿いを彩り、おそらく最も美しい季節になります。

私の父は、ボランティアで家の近くの道路沿いに紫陽花を育てています(きちんと所有者である市の許可を得ています)。

何年も何年も剪定したり挿し木をしたりして、この時期のかの地は、地元で「紫陽花ロード」と呼ばれるまでになりました。

道行く人が、スマートフォンを片手にカシャ。

誰が植えているかを知らない人たちの、「綺麗ね」という言葉に、内心誇らしげな娘です。

 

わが家のボーイズは、なんとこれから運動会。

紫陽花たちには申し訳ありませんが、どうか雨が降りませんように……と願うばかりです。

 

さて、そのボーイズの性格が真逆であることはすでにお話しました。

私はと言えば、3人兄弟の末の妹ですが、2人の兄も私も、性格はまったく違います。

きっと子供が4人いれば、4人がそれぞれ違うでしょう。

誰一人として同じ人間はいないのですから、当然といえば、当然です。

 

家族は社会の縮図です。

同じような環境で育って、同じ親のもとで生まれた兄弟でさえ、性格も、物事に対する考え方も対処の仕方も違うのですから、家の外で出会う人々が、それぞれに個性があって当たり前。

同じ価値観、似たような性格、というだけでは社会は成り立っていきません。

 

子供が大好きで、小さなころから「家庭」に憧れを抱いていた私は、

自分の家族(実家)こそ、理想的なファミリーだと思っていました。

周囲からもそう言われていたので、自分でもそうなのかな、と思っていたのです。

寡黙だけれど、仕事のできる父。

決して声を荒げることはなく、それでいて存在感があって、頼りがいがあって、大黒柱と呼ぶにふさわしいと、子供心から思っていました。

反抗期になっても、父に対してはつねに尊敬の念を抱いていて、

誰に頼まれずとも、黙々と地域のボランティア活動に勤しむ今の父を見ても、

その思いは変わりません。

母はお料理上手で、お裁縫も得意でファッションセンスも抜群。

東京のおしゃれな街に生まれ育った母は、生まれつきの美的センスがあります。

知的好奇心も旺盛で、栄養学を学んだり、書家として活動していた時期もありました。

そして、なんといっても私と違って、見目麗しい。それは自慢の母でした。

 

そんな夫婦に育てられ、優しい2人の兄に可愛がってもらい、本当に幸せな子供時代を過ごしました。

いつか、こんな家庭を持ちたい、と子供心に思ったのも、自然な話です。

 

ですが、たった一つだけ、私には受け入れられないことがありました。

それが、母親の愛情の捉え方でした。

もちろん、家族仲良く、愛し愛された家庭環境です。母もとても可愛がってくれ、その愛に包まれて、誇らしい気持ちになった記憶ばかりです。

それなのに、なぜだか相容れないたった一つの「母の思い入れ」があったのです。

考え方の個性の違いと言ってもいいのかもしれません。

 

それは、「あなたは女の子なのだから、ママと同じ気持ちでいてくれなきゃ」という、ある種の独占欲です。

母親は誰しも、おなかを痛めたわが子を、まるで自分の分身かのように可愛がりたいという思いがあると思います。

私も、子供たちのためなら、喜んで自分の命を差し出せるほど、子供を愛しています。

けれども、愛しているということと、子供と自分を同一視するということはまた別、と思っています。

 

小さなときから、「ココロまで一緒」を求められて育った(そしてそれに違和感を抱いていた)私は、はじめての子供が生まれたときから、

「自分のおなかから生まれようとも、一人の別の人格だという意識を忘れずに育てよう」

そう心に誓いました。

 

あるとき、母と「子供であっても、一人の独立した人格である」というようなことを話したことがあります。

考えの違う年老いた母に、何かを説得しようとか、これまでの愛情の在り方を否定しようとは思っていません。

過去の話ではなく、あくまでこれからの私の子育て方針として、伝えたまでなのですが、母は理解できなかったようです。

「あなたって、冷たいのね」

そう言われました。

 

繰り返しますが、私は両親から深い愛情を受けて育ちました。それを実感しているからこそ、「自分の実家こそ理想的なファミリー」と思っていたのです。

でも、そこにいるのに窮屈な自分がいたこともまた事実。

 

さまざまな意見も「まったく同じ」であることを母娘のつながりだと考える母と、もともと独立志向の強い私。

「愛って素晴らしいけれど、苦しい」

「愛って、自己を犠牲にしないと成り立たないのか」

「意見や感じ方まで同じでないと、母を愛してるとはいえないのか」

家族を愛しながらも、そういう葛藤がありました。

 

遅ればせながら30歳を過ぎて結婚し、家を出たとき、

味わったことのない開放感を感じました。

いえ、これはいつか味わったことがあったかも……。

思えば、18歳~19歳の1年間と、23歳~25歳の3年間。

じつに自分らしくのびのびと過ごしていたことを思い出しました。

しばらくそれは「ドイツ」という国のおかげかと思ったこともありました。

実際、仕事ではフラットでドライな関係性を築くドイツのほうが、「女性で若くて東洋人でドイツ語もさほどできない」という、ハンディだらけの私にとっては、楽なこともありました。

でも、それだけではないと気づいたのは、ドイツから帰国して10年近く経ったあとのことです。

 

それは、「束縛する愛」から解放されたときの、開放感だったのです。

 

日本の母親には、わが母のようなタイプはきっと多いと思います。

とくに日本は「同じ」ことを重視する文化。

私は子供のころから個性的と言われ、学習塾でも「一匹狼」とあだ名をつけられるほど、一人でも飄々としているタイプでした。友だちはたくさんいるけれど、特定の誰かやグループに固執することなく、学校生活を過ごしてきました。

家庭だけでなく、学校や社会でも「同じ」ことを求められ、心に違和感を抱きながら育ってきたように思います。

そのせいか「変わり者だね」とか、「つかみどころがないね」と言われたこともあります。

 

人は人、自分は自分。

そういうと、日本人は「自己中心的」と考える人も多いようです。

でも、本当にそうでしょうか。

自分と同じことを他者に求めるから辛くなったり、嫌いになったりするのです。

わが子に対してなら、なおさらでしょう。

自分と同じように思ってほしいから、もどかしいし、いらいらします。

ときに、「ママのこと嫌いなの?!」なんて、言ってしまう人もいるかもしれません。

 

逆に、「自分ができなかったことを、子供にさせたい」

というのも、じつは同じこと。

子供はあなたではありません。あなたが幼少のころ、あるいは学生の頃、何かを成し遂げられなかったからと言って、それは子供には本来関係のない話です。

親の話を聞いて、子供が自ら「親ができなかったことを、自分はしたい」と思うのなら、それは子供の自我ですが、親が子供に呪文のように言い続けるのは、親のエゴというものでしょう。

子供は親の生まれ変わりではなく、子供自身であって、子供にはそれぞれ魂をもって生まれてきています。

わが子たちは私の分身ではなく、私のおなかを借りて、世の中に出る準備をしていただけです。私の体はそのお役に立てただけ。

種があって、土があって、水があって、太陽がある。

時には風がそよいで草木を育てます。

それと同じで、親は種であり、土です。

生まれたら、水を上げて、太陽に当たらせて、湿りすぎないように風を通します。

水や肥料は与えすぎて過保護にしてはいけないし、かといって何もしないと枯れてしまいます。鉢から出して、地面に植え替えたら、あとは雨風と太陽、そして花自身の生命力に任せます。

子育ても同じではないかと思います。

育った家庭から出る年になれば、あとはその子の生命力に任せるしかありません。

任せるに足る基礎を作るのが家庭の仕事であるのだと思うのです。

 

それはあくまで子育て途上の私の、私見にしかすぎません。

子育てのゴールは「子供が老人になったときに、幸せな人生だったと振り返ることができ、周囲の人にも幸せを与えて人生を終えること」だと思っているので、まだまだ持論が正しいかもわからないし、そのとおりの子育てができるかもわかりません。

けれどもヘッセもこんな言葉を残していると知ったとき、背中を押された思いがしました。

少し長いですが、引用します。

 

――子供たちはみな、それぞれ自分たちの新しい魂を持っている。

しかし、親たちはそのことについてちっとも気づいていない。

それどころか、自分たちの子だからといって、魂のようなものも代々受け継がれていると思い込んでいるのだ。

だから、子供の考え方やふるまいが自分たちとあまりに異質だと感じられると、

それを子供っぽさや、隔世遺伝や、たんなる偶然のせいにしてしまうのだ。

親たちは、それが新しい魂のふるまいだとは、知る由もない。(クヌルプ)

 

長男は、ヨットや空手、日々の学校生活を通して、彼にしかない人生の学び方を始めています。

ママには甘えん坊の彼ですが、幼稚園児のときから一人でキャンプや遠征に参加する勇気があり、レースでタイムオーバーになり失格になったのを知っても、ゴールを目指す強さがあります。

そして悔し涙を流しても、卑屈になることなく、次へと向かう前向きさがあります。

それは彼が生まれ持った魂の中に潜んでいた、彼の個性です。それを自分自身で活かして歩んだ結果、今、小学2年生の彼がいます。

ついこの間まで、車で幼稚園に送迎してもらっていた幼児が、初めて一人で学校に行き、そして今は1年生の先輩になりました。

これからも一日一日、少年への道を、そして大人への道を歩んでいくのは、親ではなく子供自身です。

 

それはまだ幼稚園児の次男でも同じこと。

 

生まれ持った魂を、どう生かし、どう成長させていくのか。

親には、それを手助けし、ときに情報を与え、社会を逸脱するような道にだけはいかないようにと、指導することしかできません。

学びは自分自身の意志と力で得ないと、その人の血肉にはなりません。

 

ときに私も、子供たちが思いどおりにならないと、地団駄を踏むこともあるでしょう。

親心を理解してくれないと悩み、悲しくなることもあるでしょう。

そんなとき、ヘッセのこの言葉を思い出し、子供の成長だけでなく、親としての魂の成長を止めてはいけないと振り返ろうと思います。

 

まだまだ発展途上の未熟な私の魂も、子供の成長をサポートしていくことで、少しずつ成長を続けていけたらなと思います。

 

子供を自分の所有物のように扱う、痛ましい事件が後を絶ちません。

一人でも多くの大人が成熟することが、そのような事件から子供を守るために必要なことでもあります。

 

子供と対等に向き合い、ともに育つ。

教育とは、「教え、育む」のではなく、「教わり、育てる」ものだと聞いたことがあります。

同時に、「共育」、ともに育つものでもあるのかもしれません。

 

去年、運動会でリレーの選手の補欠になった長男。

今年は選手に選ばれることができました。

子育てからは、学ばされることの方が多い私ですが、元陸上選手の「杵柄」を生かして、たまには息子に「早く走るコツ」を教えてあげようと思います。

親のできることは、なんと少ないことか!

 

今日もみなさまの人生に大きな学びがありますように。

 

schoenen Tag noch!

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