文筆ウーマンの子育て奮闘記
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大人にこそ必要な想像力

2019.05.05

Episode 6 

 

風薫る5月!

平成から令和へと時代をまたいだゴールデンウィーク、10連休。

みなさまはどのように過ごされましたか。

 

歴史的なゴールデンウィークの幕開けは、肌寒く季節外れの寒の戻りでしたが、後半は爽やかな風が気持ちのよい五月晴れが続いています。

子育て世代のみなさんは、この10連休の過ごし方に頭を悩ませた方もいるでしょう。

わが家と言えば、住んでいる場所が観光地鎌倉ということもあって、この場所から脱出することのほうが難儀。

毎年ゴールデンウィークは、家族といつもの休日を楽しんでいます。

 

横浜市内の山奥に生まれ育ったせいか、わたくし、じつは小さいころから、都会は嫌い。

大学を卒業して都内に勤めましたが、いくら深夜残業が続いても、「都内で一人暮らし」をする気にはなれませんでした。

週末まで都会の景色を見たいとは思わなかったし、何より実家近くの大自然は私にとって疲れを癒してくれる大切な存在だったからです。

 

結婚して、さらに東京から離れ、現在は鎌倉、しかも、もうちょっとで江の島!

という田舎に引っ込んでいますが、ほとんど不便さを感じていません。

田舎育ちの賜物かもしれませんね! 生まれ育った環境を与えてくれた両親に感謝です。

 

さてこの連休、自宅で家族そろって映画『鎌倉ものがたり』を観ました。

子供たちも近所の景色やいつも目にしている江ノ電が映画になって登場することで、地元愛をさらに深めたようです。

この映画の原作は有名なようで、知っている方も多いと思いますが、私は漫画を読まない主義の子供だったので、前知識なしで映画鑑賞を楽しみました。

主人公は鎌倉に住むあまり売れていないらしい作家さんとその若奥様。

すてきなファンタジーが繰り広げられて、3歳の次男でも、飽きることなく楽しんで観ていました。

 

この映画のキーワードは「想像力」。

さまざまな出会いや事件に、主人公たちは想像力を働かせます。

そして不思議な出来事を見るたびに驚く新妻に、作家さんは「ここは鎌倉だからね」。

いつもそう答えます。

 

子供は想像力の塊、と言われます。

大人が思いもよらない発想を持つのはたしかに子供らしくていいですね。

でも、無限の力を秘めた想像力という素晴らしい力を、子供だけの専売特許にしてしまっては、もったいないとも思います。

『鎌倉ものがたり』を観たら、久しぶりに『ネバーエンディング・ストーリ―』を観たくなりました。

本では、『ナルニア物語』とか、『モモ』とか、日本児童文学では『クレヨン王国』シリーズが好きだった幼きころを思い出します。

 

子供たちももう少し本が読めるようになったら、想像力を養える本をたくさん読んでほしいなと思います。

 

この想像力、じつは子育てにも大切なチカラだと、最近感じるようになりました。

子育てにおける想像力は、ファンタジーのことではなくて、相手を察するチカラに近いかもしれません。

これが訓練しないとなかなかに難しいのではないかということも、併せて感じる今日この頃。

子供の頃、兄弟がたくさんいたり、いろんな環境に身を置いたり、さまざまな個性の友だちや大人たちと接してきた人は、すでに大切な基礎訓練はできていると思います。

リアルな出会いでなくても、読書を通した経験でも良いかもしれません。

とにかく、いろいろな人や考えや環境があることを知ること。認めること。

それができている人は、これからの社会を生き抜く大切な力が宿っていると思います。

おそらくこの力があるかどうかで、子育て中のストレスの感じ方もずいぶん変わってくると思います。

 

さてここで質問です。

クタクタに疲れているあなたが、洗濯をしています。

子供たちが脱ぎ捨てた、あるいはちゃんと洗濯かごの中に入れたかもしれない衣類を洗っています。

今日は良い天気。洗いあがった洗濯物を干しましょう。

と、そのとき。

子供のズボンから、ガサゴソ、と音がします。

ポケットを見ると、びちょびちょに濡れたキャンディーのビニールごみ。

しかも、何枚も入っています!

 

こんなとき、あなたはどう感じますか?

 

「もう! 洗濯する前に、ポケットの中のゴミは出してよね!」

と、ひとりごとを言う?

あるいは、それを子供に怒鳴りつけながら言う?

いやいや、子供には感情的にならないように気をつけているあなたは、優しく諭すように「ねえ、ポケットの中にゴミが入っていたんだけど、ママお洗濯するときに一緒に洗っちゃうこともあるから、自分で出すようにしてね」

と、語りかける?

 

私は育児の専門家ではないので、正解は知りません(笑)。

でも、こんな場面を目にして、目からウロコが落ちたできごとがあったのでご紹介したいと思います。

私が役員を仰せつかっている小学校のPTAでの、役員会の日。

三役が集まって会議の合間に、子育てママ同士ならではの「小学生の子供あるある」に花を咲かせます。

 

4人のお子さんが全員小学生という頑張り屋の可愛いママさんが、面白おかしくその日の「洗濯あるある」を話していました。

さきほどの質問に出たシチュエーションは、そのとき出た話です。

 

そのママさんが、お子さんにどう話したかは別として。

その話を聞いていた別のママさんが、こう言ったのです。

 

「〇〇くん、偉いね。ゴミを公園に捨てないで、ちゃんとポケットに入れて持って帰ってきたんだね」

 

その場にいた、私を含む母親は全員、はっとしました。

「洗濯前にポケットのゴミを出す」という、子供ができなかった行動にフォーカスするのではなく、

「ちゃんとゴミをポケットに入れて持ち帰った」という子供の素晴らしかった行動にフォーカスする。

言われてみればそうだよね、と全員激しくうなずきました。

 

これも、「今、目の前にある、洗濯してしまったキャンディーのゴミ」を見て、その奥に隠れている出来事を想像しないとできないこと。

そしてそれができれば、子供の行動にイライラするのではなく、子供の行動を褒めてあげることができる。ママに褒められた子供は、今度は、ゴミを持ち帰るだけではなく、そのゴミをゴミ箱に捨てようと思ってくれるかもしれません。

 

想像力がない人は、次のこんな場面でもストレスを感じ、他者に憤りを感じます。

ある電車の中。若い女性と中年くらいの母親が電車にいます。若い女性が座り、母親はその前に立って、話し込んでいます。

この光景を見たある人が、「なぜ娘は母親の代わりに立とうとしないのか」「なぜ母親は娘を座らせているのか、甘やかしているんじゃないのか」と思ったそうです。

こんなとき、あなたならどうでしょうか。

 

私も当初、この光景を見た人に同感しましたが、すぐに考え直しました。

「もしかしたら、この若い娘さんは、妊娠初期かもしれない」

「見えないところに怪我をしていて、立てない理由があるのかもしれない」

「はた目にはわからない、持病があるのかもしれない」

「母親が、座る方が痛いような不調を抱えているのかも?(私は尾骶骨を痛めたときに、座るより立つ方がラクでした)」

 

母と娘が同意のもとでおこなっている行動ですから、そこには二人にしかわからない何かがあるのでしょう。そう思ったとき、いろんな「かもしれない」が思い浮かびます。

すると、他者の行動になぜ勝手にストレスを感じているのか。その意味さえも疑問に思えてきます。

悲しいかな、人は、他人の行動を批判することが大好きですが、できればさまざまな想像をめぐらせて他者の素晴らしいところや未熟だった子供の微笑ましい成長の一コマ、小さな喜びの数々を見つけていきたいですね。

 

洗濯機の話に登場したお子さん。もしかしたら、自分が食べたキャンディーのゴミではなくて、捨ててあった公園のゴミを拾ってきてくれたのかもしれません。

 

人は、大人も子供も、一人では生きていけなくて、人と関わり合ってこそ、より人間らしさが深まります。

何かを決めつけてかかることは、自分に余計なストレスを抱えさせる原因になり、他者とのトラブルを招きます。

 

わが家の長男が通う小学校には、同じクラスに外国人のお母さんやお父さんがいる子供が2人います。肌の色も、髪の質も違うし、力の強さも違います。ある子のお母さんは祖国の美味しい郷土料理をホームパーティーに持ってきてくれたりして大人気。

幸運なことに、他の学年にも数名の国際的なファミリーがいます。

私自身、幼いころからの親友はスイス人でした。幼馴染ファミリーの存在が、私の視野を広げてくれました。彼女たちがいなければ、今とは違う自分になっていたのだろうと思うくらい、感謝しています。

宗教観も、生活習慣も異なる人たちとともに日々の暮らしを過ごすことは、きっとわが子にとっても、人生の宝になるでしょう。

 

最後に、そんなわが子のエピソードを。

ちょっと腕白で力の強い、お父さんが外国人の男の子。

彼はすぐに手が出るらしく、いつも誰かとケンカらしきことをしているそう。

正義感丸出しの長男は、他の子がやられているのを見て見ぬふりができずに、あるときケンカの仲裁に入りました。

それは1年前の、運動会の日。息子にとって、初めての小学校での運動会でした。

 

「やめろよ!」と止めに入ったはずの息子が逆に殴られ、泣く羽目に。

無情にも、一所懸命練習してきたダンスを、たくさんのお客さんの前で披露する直前のできごとでした。

なにごともなかったように、ニコニコと踊る、最初にケンカをしていた2人。

一方、止めに入ったはずの長男だけが、泣きながら踊っていました。

当時、広報委員で写真を撮っていた私のカメラには、泣きながらも懸命に踊り続ける長男の姿が残っています。

 

その日以来、長男はその子のことを、苦手と思うようになりました。

「すぐに殴るなんて幼稚園生みたいだ」と、憤りを隠せない数週間が過ぎていきました。

「君は、ケンカの仲裁に入って偉かったよ」「そのあとも、ちゃんと踊れて頑張ったね」と言っても、悔しさは募るばかり。

母と息子はいつものお風呂場で、何度もこの話し合いを続けました。

どうすれば良かったのか。これからどうすべきか。

そんなあるとき、私は息子に聞きました。

「〇〇くんとの仲、どうなったの?」

 

すると、息子はキョトンとした顔でこう言いました。

「ああ、あのことね。いつまでも文句言っているより、もう許して仲良くなるほうがラクだし楽しいってわかったから、最近いつも遊んでるよ。もう人を殴るなよって、ちゃんと教えてあげているんだ」

 

当時小学1年生だった彼の頭には、クラスみんなで仲良く遊ぶ姿が鮮明に写っていました。

いろんな友だちと、たくさん遊べ。

何度ケンカしたって、何度でも仲良くなれ。

そして最後はいつも許せる人であれ。

 

母の願いは、ちゃんと息子に届いているようです。

 

みなさまの日常も、愛と想像力に溢れたものでありますように!

schoenen Tag noch!

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