足踏みはしない
「fooga」の編集・発行を始めて5年8ヶ月になる。世に「3号雑誌」という言葉があるように、創刊してすぐに廃刊の憂き目にあう雑誌が多いことをかんがみれば、敢闘賞くらいはもらえるのかもしれない。
といっても、順風満帆だったわけではない。むしろ、不条理と経済不合理性と過労に満ちた5年8ヶ月であったと思う。
こんどこそは廃刊宣言を出す! と意気込んだことも数知れない。その都度、周りの理解者や熱心な読者に戦闘服を引っ張られ、思い直すのだった。そうまで感動してくれるのは本望じゃないか、もうちょっと頑張ってみよう……。
それが功を奏したのか仇となったのかわからないが、横浜に事務所を構えることになってしまった。
理由はこうである。
「fooga」は弊社(コンパス・ポイント)がある宇都宮を基盤に発行している。毎号の目玉となる特集記事は主に栃木県に関わりのある人を紹介してきた。ときどき、京都のパティシエ西原金蔵氏や建築家の隈研吾氏など他県に住む人も取り上げたが、それは例外の範疇だった。エッセイやコラムなどの執筆者も宇都宮に住んでいる人たちを中心に構成してきた。とうぜん、読者も宇都宮を中心に広がってきた。
しかし、徐々にではあるが、他県の読者が増えてきた。特に2003年、拙著『魂の伝承─アラン・シャペルの弟子たち』をもって出版事業に参入してからその傾向が顕著になった。
どうして、遠くに住んでいる人たちがこの雑誌を読んでくれるのだろう……。そう思いながら、はたと気がついた。結局、この雑誌は読み物としてとらえられているのだ。べつに宇都宮のタウン情報があるわけではない。世の中の移り変わりを知らせる情報誌でもない。単純に読み物としてとらえられているのだなと。その証拠に、発行してから数年過ぎたバックナンバーを購入してくれる人がたくさんいた。これは思ってもみなかったことである。
であれば、こういう雑誌が好きな人にもっと『fooga』の存在を知ってもらえばいい。そのためには、もっと大きなマーケットに出ていけばいい。単純な発想だった。
では、どこか?
効率を考えれば、東京?
しかし、『fooga』は東京ではないだろう。あくまでも地域密着の手法でいきたい。そこで、横浜を選んだ。
諸々の理由から横浜に『fooga』の拠点を構え、宇都宮とのダブルフランチャイズ制でひとつの雑誌を編集していくことに決め、去る7月、横浜に事務所を構えた。横浜駅東口から徒歩約7分、桜川という小さな川のほとりに建つ建物の一角である。
桜川とはなんと奇遇な……。4月生まれの私は、西行の歌よろしく、桜の季節こそ自分の最期にふさわしいと思いこんでいるほど、桜には愛着がある。ここを横浜での始発駅として、『fooga』を膨らませていこうと思う。
(070811 第1回 写真は、桜川の風景)