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足踏みが嫌いだ

2007.08.11

 足踏み行進というやつが苦手だった。進むなら進む、止まるなら止まる。はっきりしてくれと苛々しながら足踏みをしている子どもだった。

 そのことについては、大きくなってからも変わっていないようだ。同じところを足踏みするのがどうにも嫌でしかたがない。だからこういう事態になってしまったのかと後になって分析しているにはちがいないのだが。

 「fooga」という雑誌の編集・発行を始めて早5年8ヶ月になる。世に「3号雑誌」という言葉があるように、創刊してすぐに廃刊の憂き目にあう雑誌が多いことをかんがみれば、敢闘賞くらいはもらえるのかもしれない。

 といっても、順風満帆だったわけではない。むしろ、不条理と経済不合理性と過労に満ちた5年8ヶ月であったと思う。

 よーし、こんどこそは廃刊宣言を出してやる! と意気込んだことも数知れない。その都度、周りの理解者や熱心な読者に戦闘服を引っ張られ、思い直すのだった。そうまで感動してくれるのは本望じゃないか、もうちょっと頑張ってみよう……。

 それが功を奏したのか仇となったのかわからないが、横浜に事務所を構えることになってしまった。

 理由はこうである。

 「fooga」は弊社(コンパス・ポイント)がある宇都宮を基盤に発行している。毎号の目玉となる特集記事は主に栃木県に関わりのある人を紹介してきた。ときどき、京都のパティシエ西原金蔵氏や建築家の隈研吾氏など他県に住む人

も取り上げたが、それは例外の範疇だった。エッセイやコラムなどの執筆者も宇都宮に住んでいる人たちを中心に構成してきた。とうぜん、読者も宇都宮を中心に広がってきた。

 しかし、徐々にではあるが、他県の読者が増えてきた。特に2003年、拙著『魂の伝承─アラン・シャペルの弟子たち』をもって出版事業に参入してからその傾向が顕著になった。

 どうして、遠くに住んでいる人たちがこの雑誌を読んでくれるのだろう……。そう思いながら、はたと気がついた。結局、この雑誌は読み物としてとらえられているのだ。べつに宇都宮のタウン情報があるわけではない。世の中の移り変わりを知らせる情報誌でもない。単純に読み物としてとらえられているのだなと。その証拠に、発行してから数年過ぎたバックナンバーを購入してくれる人がたくさんいた。これは思ってもみなかったことである。

 であれば、こういう雑誌が好きな人にもっと『fooga』の存在を知ってもらえばいい。そのためには、もっと大きなマーケットに出ていけばいい。単純な発想だった。

 では、どこか?

 効率を考えれば、関東近県の主要都市だろう。特に北関東の水戸や前橋なら移動もしやすい。でも、定石すぎてつまらないと思った。では、東京?

 実はいずれ出版事業は切り離して東京でやろうと考えていた。国内の出版社のほとんどは東京に集中しているが、それには理由があるのだ。東京でやった方が同じクオリティの仕事をしても断然大きな結果を得ることができる。これはどうあがいても覆せない現実だ。出版界においては、大阪も京都も横浜も、しょせん「地方の出版社」扱いなのである。

 しかし、『fooga』は東京ではないだろう。あくまでも地域密着の手法でいきたい。そこで、横浜を選んだ。

 横浜の人たちは、地元に強い愛着と誇りを抱いていると思えた。東京へのライバル心もなかなかのものだ。なにより、明治以降の日本の歴史において、横浜は重要な役割を果たしている。私は幕末〜明治以降の日本の歴史がとてつもなく好きなのである。なにより、今年の小誌6月号で紹介した中田宏という素晴らしい人物をリーダーに選んでいる。私は前から政治に興味があるが、ずっと憂慮するばかりの日々だった。幕末〜明治に生き、国家創生のために命を賭した政治家たちと比べて、今の政治家は犯罪的に卑小な人物ばかりで、ただただ不愉快だった。そういう状況にあって、中田宏という若い政治家は、私のハートを燃えたぎらせてくれた唯一の人物である。

 諸々の理由から横浜に『fooga』の拠点を構え、宇都宮とのダブルフランチャイズ制でひとつの雑誌を編集していくことに決めた。そして、去る7月、横浜に事務所を構えた。横浜駅東口から徒歩約7分、桜川という小さな川のほとりに建つ建物の一角である。

 桜川とはなんと奇遇な……。4月生まれの私は、西行の歌よろしく、桜の季節こそ自分の最期にふさわしいと思いこんでいるほど、桜には愛着がある。もっとも、桜と言えば、ほとんどの日本人がそうなのであろうが。写真は、事務所のベランダから撮った桜川。桜と柳が川のほとりに植えられている。遠く右手にはランドマークタワー、左手には横浜駅が見える。ここを横浜での始発駅として、『fooga』を膨らませていこうと思う。

 (070811 第1回 写真は、桜川の風景)

 

 

 

 

 

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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