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靖国のみたままつり

2010.07.18

 靖国神社の「みたままつり」に参加した。

 神社本庁のある方の発案により、数十名が参加して行われたのだが、「肝」はなんといっても、本殿で参拝できたこと。通常、一般の参拝はその前にある拝殿で行われるが、靖国に眠る246万6千余柱の方々の神霊に少しでも近づけたという気がした。

 

 それにしても、あの独特の空気はなんと表現すれば伝わるのだろう。実に清澄にして大らかであった。境内から聞こえる祭りの音がけっして雑音にならないところが日本の懐の深さだ。哀悼の意を捧ぐ場所なのに、愉しげでさえある。本来、死者の霊を慰めるということはこういうことなのだろう。「あなたたちのおかげで、私たちはこんなに幸せに暮らしていますよ」ということを伝える場でもあると思う。

 祈りを捧げながら、こう思った。

 尊い命を捧げてくれた先人たちに対して、われわれ日本人は本当に感謝の念を抱いているのだろうか、と。この繁栄は空から降ってきたものだと勘違いしていないだろうか。

 なかんずく、この国の舵取りを任されている政治家たちが靖国で参拝していないという現実をどうとらえればいいのだろう。右も左も関係ない。人として、どうなのだろうか。どんなに高邁な理屈を並べようが、美辞麗句を弄しようが、人としてあるまじき姿であることを糊塗できるはずはない。あの場に行けば、A級戦犯が合祀されているからダメだ、という理屈がいかにまやかしかわかる。わからない人は……完全に思考停止状態だという以外ない。

 

 ただ、靖国神社側にも一部気になる歴史観がある。遊就館には日本の歴史がわかるよう、時系列に沿ってさまざまなものが展示されているが、足利尊氏が開いた室町幕府だけは完全に無視している。まるでその時代だけ、なかったかのように。戊辰戦争での旧瀑布軍や西南戦争のときの西郷軍に関してもそうだ。

 歴史の事実は公正に見なければいけない。後醍醐天皇と足利尊氏が戦ったことは事実だが、だからと言って、抹殺していいものではない。室町時代は政治的には見るべきものがないが、芸術の専門家集団を創設させ、多くの芸術家や職人を養成したという輝かしい功績がある。それによって、日本の文化がどれほど豊饒になったことか。

 歴史を完全に公正に見ることは不可能だろう。日本書紀から始まって、すべての歴史書は為政者にとって都合のいいように書かれている。とりわけ、ヨーロッパや中国など、為政者がコロコロと変わった国では、どの歴史書が正しいか、わかったものではない。

 しかし、可能な限り、公正に見ようという努力を放棄してはならない。

(100718 第180 写真は数万の献灯がまばゆい参道)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Profile

髙久多美男

髙久多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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