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紺碧の将

投入堂でわかる、いにしえの人の能力

2019.07.14

 ずっと気になっていたところがあった。「日本一危険な国宝」と言われる投入堂(なげいれどう)である。鳥取県三朝町の三佛寺の断崖に建てられたお堂で、毎年5人くらい、滑落して死んでいるという。

 身の危険よりも好奇心の方がはるかに勝っていた。それほど危険な断崖に、昔の人がお堂を建てた? 現在のような土木・建築技術もないのに……。写真では見るが、実際どのようなところなのだろう?

 何年もそう思っていたが、ついに念願が叶った。

 難所が続く。北アルプスなど、名だたる山々に登ってきたが、投入堂へと続く急登もそれなりに険しい。そもそも単独行は禁じられているし、履物のチェックがあり不適当な靴を履いていると入山を許されない。両手を使って木の根などをつかんで登るため軍手を着用、両手が使えるようにリュックを背負うなど、難所を予感させる条件はいくつもある。

 ちなみに、私は一人だったため、同行者を見つける必要があった。同時に受付をした40代くらいの夫婦に受付の人が頼んでくれたが、あっさり拒否された。人相が悪かったのだろう(しくしく)。

 しかたなく、しばらく受付の人と歓談をして待つ。修理中の写真を見せてもらった。それはそれはアクロバティックな足場であった。現代の技術でようやく修理できるものを、はるか昔の人が足場もないのに築いた? 興味はいや増した。

 待つこと20分、幸いなことに大阪から来たというノリのいい若いカップルが同行を快諾してくれた。その後、登山者はいなかったため、そのカップルにも断られたら念願は叶わなかったことになる。感謝するぞ、大阪の若者よ。

 木の根っこをつかんでよじ登る「かずら坂」や鎖をつかんでロッククライミング方式に登る「くさり坂」、両側が切り立った「馬ノ背」や「牛ノ背」など、たしかに冷や汗が出るようなところもあるが、思ったよりもスムーズに登ることができた。同行の若いカップルが遅いため、途中途中で待たなければいけなかった。倍くらいの齢を重ねている私の圧勝である。

 途中、心配したのは、やはりヘビである。岩の根っこをつかんでよじ登ったら目の前にヘビが! という事態になったらどうしようとビクビクしていた。思わず手を離してしまい、まっさかさまに転げ落ちることもありえる。人生の終わり方として、あまりカッコよくはない。

 自宅に戻ってから投入堂のYouTubeを見ると、ご神木を這い上がるヘビの姿が映っていた。やはり、いるところにはいるのだ。コワイコワイ。

 ともかく、投入堂である。断崖の十数メートル手前の崖の上からまじまじと見る。下は断崖絶壁だ。岸壁の窪みを利用し、軒の替わりにしている。

 峻厳で崇高で、圧倒的に美しい。

 土門拳は『古寺を訪ねて東へ西へ』でこう述べている。

 ――奈良、京都と古寺巡礼を続けて数十の名建築を見てきたが、投入堂のような軽快優美な日本的な美しさは、ついに他には求められなかった。その建築美は日本一である。

 

 その通りだと思った。岸壁に溶け込むように造られたお堂の神々しい姿もさることながら、それを造ろうと思ったいにしえの人たちの思いの強さに驚嘆する。

 平成の大修理の際、当初、請け負う業者がいなかったという。足場が組めないうえ、国宝だから傷をつけてはいけない。そんな割の合わない工事を請け負う酔狂な業者はいない。無事、大修理が終わったということは、その後、条件を変えたのだろう。それほどに難工事だったのだ。

 しみじみ思った。いったい、人間は進歩しているのか退歩しているのか。

 ほとんどの人が前者だと言うだろう。たしかに、昔の人は宇宙へ行けなかったし、新幹線もつくれなかった。インターネットもできなかった。しかし、それら科学的進歩は、人類の叡智の積み重ねの上に実現されているということを忘れてはいけない。コペルニクスやニュートンなど、あまたの先達たちが築いた土台の上に進歩を重ねている。

 一方、一人ひとりの能力を見ると、明らかに退歩していると思わざるをえない。現在の技術でさえ改修工事が難しい工事を、昔の人は成し遂げたのだ。工事中、命を落とした人もたくさんいたにちがいない。それでも、きちんと完成し、今に残っている。

 いつ建立されたのか、いまだに不明らしいが、木材の調査によって、11世紀後半から12世紀前半ではないかと推測されている。恐るべし、昔の人。

 静かにこうべを垂れる以外にない。

 

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(190714 第916回 写真上は投入堂。下は地蔵堂の回廊)

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