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紺碧の将

禅と庭の理想郷をつくった男

2019.06.25

 禅に惹かれて6年になる。本サイトや拙著にもたびたび書いているように、私は坐禅をするわけでもなく、ただ、日常のなかで禅の言葉を書き連ねたり、いったい禅の本質とはなんだろうと考える程度だが、少しずつ禅と自分が接近しているのがわかる。

 禅と聞くと、「厳しい修行」と連想する人が多い。事実、私もそう思っていた。なにしろ、曹洞宗の開祖・道元は厳しい禅師である。達磨大師の「ひたすら壁に向かって坐禅を9年」=「面壁九年」を受け継いだ人だ。それはそれでスゴイと思うが、厳しいだけの禅にはあまり魅力を感じない。誤解を招くかも知れないが、厳しい修行を通して、その後、ゆる~い人にならないと真骨頂とは言えないのではないか。例えば、千日回峰行を2回成し遂げた酒井雄哉阿闍梨のように。ま、私のように、厳しい修行はイヤです。坐禅もしませんという人は論外なのだろうが。

 そんなふうに、禅を甘く見ている(?)私にとって、神勝寺はこの世のパラダイスのようなところである。一日中いても飽きそうにない。永平寺にはあまり行きたいと思わないが、この寺はまた訪れたい。

 ひとことでいえば、俗っぽいのだ。それなのに、空気の通りがいい。清々しい。どこを見ても美しい。そこに身をおいただけで、心身ともに洗われる気がする。それは、どこかに俗っぽさ、言い換えれば、人間的なゆるさがあるからだと思う。

 神勝寺は昭和40年、当時、常石造船の社長だった神原秀夫が建立した。つまり、開基者が実業家なのである。もちろん、世俗の人が勝手に寺を開くことはできないから、帰依していた益州宗進禅師(建仁寺の第7代管長)を招請しての建立である。

 簡単にいえば、禅が好きで好きで仕方がない世俗の人が、豊富な資金を投じてつくった理想郷である。だから、ふつうの仏道者ではできないようなことも平気でしている。ピエール・エルメの焼き菓子や懐紙、グリーティングカードなどのオリジナルグッズなんかも開発し、販売している。それで儲けようという魂胆ではなく、禅を身の回りのグッズに表現してみたいというような程度の動機だろう。

 現在は神原氏の子孫が継いでいるが、どうやら一流好みである。お堂や庵は各地から集めているし、次回紹介するが、彫刻家・名和晃平氏の監修で、奇抜な瞑想空間「洸庭(こうてい)」をつくった。ランドスケープ(全体の環境デザイン)は「そら植物園」の西畠清順氏、作庭には「昭和の小堀遠州」と言われた中根金作氏、建築には藤森照信氏を招聘している。ロゴや公式サイトも洗練されている。それらを見て、二期倶楽部の創始者・北山ひとみさんを連想した。北山さんも抜群の教養とセンス、有能な人を使う能力に長けていた。残念ながら、二期倶楽部はどこぞの会社の悪辣な買収によって経営母体が変わってしまったが……。

 

 広島県福山駅からバスに揺られること約30分、のどかな山間の停留所「天神山駅」で下りる。そこから電話をすれば迎えに来るというが、私は人っ子一人見かけない舗装道路を15分ほど歩き、神勝寺を目指す。

 京都御苑の旧賀陽宮邸から移築された総門をくぐり、受付ともなっている松堂に導かれる。これは藤森作品である。手曲げ銅板で葺いた岩山のような屋根の上に、なんと松の木が植えてある。禅といえば、松。松はその地域の特産物でもある。全体のプロポーションは、アートパビリオンのようでもあり、禅寺のイメージとは程遠い。

 通路に沿って、広大な境内を歩く。そこかしこに由来のある堂や院、庵が立ち、池泉庭園も美しい。

 とにかく、広大な敷地の隅々まできちんと手入れされている。いったい、どれだけの人力によるものだろうと不思議に思い、作務をしていた雲水に、「ここには何十人もいるのですか」と訊いた。すると、「そんなにいません」と返ってくる。見ると、雲水は道の脇の土堤に根のないノビルを植えている。

「それで根付くのですか」と訊くと、「わかりません。実験しているんです」と言う。発想が自由である。

 白隠禅師の禅画や墨跡を200点以上収蔵しているというが、それらを一堂に展示する荘厳堂がある。静謐な空間で白隠の遺作をじっくり鑑賞する。得も言われぬ時間である。

 庭園を歩くと、その徹底した手入れぶりに驚かされる。それぞれの庭はコンセプトが異なり、それに合わせて植生も変わっているが、それがじつに自然なのだ。林のなかに仏像があるのを見ると、「ああ、やはり仏像はお堂のなかよりも自然のなかの方が似合うな」と思う。

 神勝寺は「禅と庭のミュージアム」を謳っており、はなから辛気臭い古刹とは一線を画している。どちらも魅力はあるが、私のゆるさは、前者に傾くのである。

 

 

 

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「美し人」公式サイトの「美しい日本のことば」をご覧ください。その名のとおり、日本人が忘れてはいけない、文化遺産ともいうべき美しい言葉の数々が紹介されています。

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(190625 第911回 写真上から、林のなかの仏像、池泉庭園、林のなかの通路)

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