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紺碧の将

歴史の証人

2019.02.27

 毎年この季節になると東京都美術館で水石展が開かれる。交誼のある盆栽家・森前誠二氏が日本水石協会の会長を務めていることから、招待券を送ってくれるのである。

 ちなみに水石って何? と思う人も多いだろうから、森前さんが書いた説明文を拝借する。

 

――水石とは山水景情石の総称です。一塊の石から大宇宙を感得するもので、自然芸術趣味の中でも高い精神性と文化性を極めたものです。

 水石の歴史は、室町中期に始まったと伝えられ、その後、禅や茶の湯との結びつきにより精神的な深みを持つことになりました。現在に伝承されている水石趣味が確立したのは、江戸末期から明治中期と思われます。文人墨客などによる自然石の山水美観賞の気風が生まれ、明治の盆栽趣味家の自然芸術趣味と融合し、日本的美意識の極致としての水石となりました。

 水石の観賞は、それを眺める人の心にあるといわれます。大自然に心遊ばせ、水石から森羅万象、自然の風趣風韻を感じ取り、さらには沈潜した無限の世界の声を聴くに至ることで、幽玄な侘び心、寂び心へ自己を誘うものです。

 

 これ以上、なにをか言わんや。

「一塊の石から大宇宙を感得する」

「水石の観賞はそれを眺める人の心にある」

「石から森羅万象、風趣風韻を感じ取る」

「無限の世界の声を聴くに至ることで、幽玄な侘び心、寂び心へ自己を誘う」……。

 まさしくそのとおりなのだろう。右上の水石であれば、残雪のある山を想起する。水石を眺めていると、じんわりと心に温もりが生じる。

 

 今回、とんでもない逸品が展示された。「末の松山」と銘をもつもので、西本願寺の寺宝である。

 なんと、石山本願寺と織田信長が和睦を結んだ証として、信長から石山本願寺へ贈られたものだという。

 正直、姿形は美しくない。そのへんに転がっていても、なんら惹かれないだろう。しかし、この石だけガラスケースに収められていた。もちろん、価値があるから美しいとは思わないが、歴史の証人を前にして当時に思いを馳せることはできる。

 私の住まいが広かったら、たくさんの水石を集めていたかもしれない。あぁ、狭くて良かった。

(190227 第881回 写真上は残雪のある山に見立てた石、下は「末の松山」)

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