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圓教寺と「信じる力」

2009.12.05

 姫路城へ行った翌日、書写山圓教寺へ行った。姫路駅からバスとロープウェーを乗り継ぎ約40分。「西の比叡山」と称されることからもわかるように、山岳修行の場でもある。古くは弁慶が修行したとも伝えられている。映画『ラスト・サムライ』のロケ地となったことでも知られている。

 ロープウェーを降り、山の中の道を登っていくと、空気中に混じる世俗の垢が徐々に薄れていくのがわかる。なんというか、ピーンと張りつめた空気があるのだ。

 私は両方の空気が好きだ。だから芸術も政治も経済も歴史も好きなのだろう。

 

 「高久さんは人間好きですよね」と言われることがあるが、それは少し違う。

 ありていに言えば、私は人間嫌いの部類に入るかもしれない。もともと人間性悪説だし……(ほんとうに人間が善なるものなら、共産主義は崩壊しなかった)。

 ただし、だからこそ、ある特定の人たちが好きなのだ。人間とは本来こんなにろくでもないのに、こういう人がいるのか! と思えるからだ。

 

 書写山圓教寺のことであった。

 その後、取材の予定があったので時間の制約があり、摩尼殿だけをじっくり見て、山を下りてきた。

 摩尼殿は写真の通り、清水寺のように高床式になっている。黄色やオレンジに化粧した木々に囲まれ、じつに堂々と屹立していた。

 昔の人はすごい。こんな山奥の標高が高いところに、これほど立派な建築物をこしらえたのだから。もちろん、それをなさしめたのは、信仰の力だろう。日本の風土に根ざした宗教の力。

 松下幸之助は天理教の人たちが無報酬で一心不乱に働いている姿を見て、人間は功利だけで動くものではないということを知り、それに気づいた日を「命知元年」と定めている。

 その後、特定の宗教に帰依することはなかったが、そういう力の存在に気づいたことは幸之助のその後を大きく変えることになった。

「信じる力」をうまく使えば、大きな仕事をなしとげられるという証だろう。

(091205 第131回)

 

 

 

Profile

高久多美男

高久 多美男

(撮影:森 日出夫)

●1959年生まれ

●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立

●2009年、『Japanist』を編集・発行するジャパニスト株式会社を設立(2019年1月、刊行終了)

●「遊び、学び、仕事は皆同じ」がモットー。すべからく本質を求める

■本は永遠の師匠

19世紀フランス文学から20世紀アメリカ文学、さらには現代日本文学。歴史(特に日本近代史)、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の分野まで、本には強いな愛着を示す

■No Music, No Life

あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、R&B、60年代以降のロック、ワールドミュージックなど、とにかく雑食

■生涯、美を求めたい

桃山から江戸にかけての日本美術、岡倉天心一派以降の近代絵画を特に好む。ヨーロッパの近代絵画など、こちらも雑食

■敬愛する歴史上の人物

尊敬する人物は大久保利通。ほかに幕末から明治にかけて活躍した男たち。戦国武将では武田信玄、戦後の政治家では岸信介

■思索の遊び

禅、儒学、老荘思想、マキャヴェリズムを組み合わせながら、独自の思想を構築中

■いやなもの

共産主義や日教組などの極端な左翼思想(極端な右翼も嫌い)、地球市民幻想、新興宗教

■その他

日常的に走る他、毎年夏、山に登る。体型はずっと変わらず。便利なことよりも美しさに価値を見いだす

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