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紺碧の将

海の向こうにはなにがある?

2016.12.10

%e6%b0%b7%e5%b7%9d%e4%b8%b8 帰りの切符を持たず、宿も職も決まっていない若者が、わずかばかりの現金を握りしめてフランスへ渡り、「リッツで働く」という夢を実現し、その後、超一流のレストランで修業。60歳を機に料理人人生にピリオドを打ち、今は子どもたちのために神戸で幼稚園経営をしているという人を描いた『扉を開けろ』がようやく脱稿となった。

 まだ1ドル360円の時代、海外へ行くこと自体、きわめて困難だった。そんな時代に、片道の料金が給料の丸々2年分もする船に乗って大海原を進んで行った時、彼はどんな心境だったのだろうと、書きながら何度も思った。右上写真は横浜港に繋留されている「氷川丸」だが、彼が乗り込んだ船は「ラオス号」という名の貨客船だった。船底近くにある3等室はまったく日もささず、10ワットほどの薄暗い電球があるだけの〝営巣〟のような部屋だった。

 

 海の向こうにはなにがあるんだろう? 私も子どもの時分は何度もそういう思いにかられた。海外の文学に夢中になっていたのだが、そこに描かれている光景と身の周りの光景のあまりの落差に驚いたのだ。身の周りはつまらない世界なのに、海の向こうにはいろいろなものが渦巻いている。いいことも悪いこともたくさんある。それを見たい。そう思った。
 どんな仕事に就いてもうまくいかなかった20代前半、海外へ移住したいと思ったこともあった。もちろん、アテがあってのことではない。これをやりたいという意思があったわけでもない。ただ、日本の社会との親和性は見いだせそうにないと思い始めていたのだ。いや、もっと正直に言えば、ただ目の前の問題から逃避したかったのだ。
%e3%83%9e%e3%83%ab%e3%82%bb%e3%82%a4%e3%83%a6%e3%81%ae%e6%b8%af 幸いというか不幸というか、仲間を集めて同人誌を作り、やがて今の仕事につながるような境遇になって「海外へ移住したい」という熱は急速に冷めたが、あの時、あのまま行っていたらどうなっていただろうと思うこともある。皿洗いからのし上がれるような人間ではないだろうから、ボロボロになって帰国したか、あるいはどこかで野垂れ死んだか。

 

 『扉を開けろ』の主人公・小西忠禮は、45日間の航海の末、南仏のマルセイユに着く。そこから徒手空拳で闘いを挑み、自分の扉を次々に開けていくのである。他人の体験ながら、まるで我がことのように感じながら書き進めてきた。
 完成は年末です。
(161210 第685回 写真上は横浜港に繋留されている氷川丸。下はマルセイユの港)

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