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紺碧の将

環坂の日仏友好料理

2008.02.24

 いちばん好きな料理店をひとつ選べ、と言われたら、迷わずに宇都宮の〈環坂〉をあげる。地元だから贔屓にするわけではない。実際、あの店のようなタイプの料理店は他に知らないし、あれ以上に安寧を覚える店もない。

 『fooga』2005年6月号で紹介しているので、ご存知の方も多いだろう。坂寄誠亮シェフの他、スタッフは3人。席数はカウンターの8席のみ。ランチは12時開始と13時40分開始の2回転。夜は18時45分開始の1回転のみ。メニューはすべてその日のコースのみで、選択肢はなし。時間も決まっている。早い話、客にとっては制約だらけの店である。

 しかし、それらを差し引いてもじゅうぶんにあまりある満足感を得られる。繰り返すが、こういうタイプの店はほとんどない。京都をくまなく探せばあるかもしれないが……。

 坂寄シェフは元々フレンチレストランをやっていたので、基本的にはフレンチベースである。しかし、〈環坂〉の料理をフレンチと言い切るのは無理がある。そもそもナイフやフォークは使わずに、箸とスプーンで食べるし、最後は炊き込みご飯だ。建物も古民家を移築したものである。和のテイストがしっかり漂っている。かと言って、日本料理とも言い難い。私は、日仏友好料理と名付けているが、要はフレンチと和食のいいところをミックスさせた料理とでも言っておこう。

 春一番の吹く土曜日の昼、久しぶりに〈環坂〉のカウンター席に座った。写真のように、格子窓越しに庭が見える。棚には盆栽やら陶器やら、シェフが好きで選んだオブジェが飾られている。

 さて、この日の1品目は「焼きネギのプティ・ロワイヤル」。このロワイヤル、サイズは小振りだが、インパクトはじゅうぶん。冬の寒さを堪え忍んだネギに火が入り、甘みが気持ちよく溶けだしている。嫌な甘みではなく、これから命の料理が始まるぞ! という狼煙のような甘みでもある。

 次は、定番のサラダ。豪快な大皿にたっぷり盛られている。畑から採れたばかりの野菜たちに、坂寄シェフが自らイタリアの農場へ行って選んできたバルサミコ酢とオリーブオイルをふんだんにかける。野菜は相変わらず、クセがあり、苦みもある。これぞ〈環坂〉の醍醐味。脇を固めるのは、ヒラマサの冷薫製とハタハタのチーズ焼き。カリカリに揚げたサツマイモも常連顔して乗っている。

 3品目は子エビとサトイモのニョッキ。ニョッキと言えば、通常ジャガイモを使うのだろうが、粘りけのあるサトイモを使ったところがミソ。濃厚なソースと相まって、粘着性が増し、ガツンとくる一品である。

 魚は「真鯛のグリエ」。このレストランの魚料理はすべてグリエである。いつも感じるが、火の通し方が絶妙である。

 メインは「白金豚の温薫製」。坂寄シェフは温薫をよく用いるが、薫り付けのアクセントとして、実に効果的だ。ニンジンとゴボウのグラッセが添えられているが、野菜のピューレと相まって、豚の味をうまく引き出している。

 このあたりになると丸いパンがひとつ出されるが、このパンも泣かせてくれる。もちろん、出来合いのパンを仕入れて供するという手抜きを坂寄さんはしない。きちんと自家製である。

 最後は、焼き椎茸入り炊き込みご飯。希望者にはキノコの出汁を使ったお茶漬けにするので、ご飯を少し残しておくようにと言われたのだが、あまりにも旨くてついつい食べ過ぎ、気がついたら僅かしかご飯が残っていなかった。それでも、お茶漬けに。うーん、なんとも言えない、かぐわしさ!

 デザートはオレンジのシャーベットとチョコレートムースのキャラメルソース。デザートはもうひと工夫あってもいいかな、というのが正直な印象。もっと〈環坂〉らしいデザートは必ずあるはずだ。デザートはピリオドとして相当重要な位置を占めると思っている。

 そして、席を移してコーヒーを。この席から見える風景がまた鄙びていて、素敵だ。日常の喧噪を忘れてしまう。飲食店として、誰も目をつけない場所に堂々と移築し、毎日人を呼んでいるところがすごい。

 これで5,500円(税込み。平日は少し品数を減らして3,500円。ちなみに夜は8,500円)。高いか安いかはその人の価値観によるだろうが、私にとっては「え? ちゃんと儲けているんですかぁ?」という金額で、支払うとき、申し訳ないような気になってくる。600円のものを食べてもお金を払うのが惜しい店もあれば、いろいろである。

 仕事に疲れて、生活に潤いがなくなったら、合い言葉は〈環坂〉。

 坂寄シェフの駄洒落をサラーッと聞き逃すことができれば、あとは申し分なしである。

(080224 第37回 写真は〈環坂〉のカウンターから見る風景)

 

 

 

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