日本人として覚えておきたい ちからのある言葉【格言集・名言集】
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偉人たちの言葉には、いつの時代にも通用するメッセージがこめられています。

それぞれの時代を懸命に生き、一事をなした彼らの一言だからこそ、今もなお私たちの心を揺さぶり続けるのです。この格言集は、古今東西の格言・名言をご紹介する不定期コラム。

みなさんの“心の栄養”として、時折ご覧いただければ幸いです。

 

Kakugen

賢人は敵から多くのことを学ぶ
アリストパネス
 古代アテナイの喜劇作家であり風刺作家のアリストパネス(アリストファネス)は、ソクラテスやソフォクレス、エウリピデスらと同時代を生き、プラトンの『饗宴』にも語り手として登場している。この言葉は彼の喜劇『鳥』からの抜粋。今回は「いかにも格言」という格言を取り上げてみた。 わかりやすいと言えばわかりやす。 敵とは言わずとも、人は耳の痛いことはなかなか聞き入れられない。 それが苦手な人や快く思っていない人から言われたら、なおさらである。 でも、苦言というものは、おおかた当たっていることが多い。 それともうひとつ。 人というのは失敗から多くを学ぶ、というのもわかりすぎるくらい、わかること。 それなのに、どういうわけか、人は成功者の「こうすればうまくいきますよ」というハウツーを知り…続きを読む
 
自己の基準に従って責任を果たせば、世間の基準はいらなくなる
ラルフ・ウォルドー・エマソン
 ニーチェやソロー、ボードレール、ウルフ、福沢諭吉、宮澤賢治、内村鑑三などに多大な影響を与えたとされるラルフ・ウォルドー・エマソン。 彼の言う「自己信頼」とは、内なる声に従えというものだった。 人間の内部には「全体の魂」が宿り、個人は無限であると説き、オバマ前大統領もエマソンの信奉者の一人だという。『エマソンの「自己信頼」』より抜粋した。 この著書の冒頭に、こんな詩があった。 「おのれの外に探し求むることなかれ」というものだ。 人は自身の星。 正直で完璧な人をつくる魂は、 あらゆる光りを、あらゆる影響を、あらゆる運命を意のままにする。 人の身に起こることは早すぎもせず、遅すぎもしない。 われわれの行いは、良いものも悪いものも、みずからの天使、 われわれのそばを静かに歩む、…続きを読む
 
心の糧は五感を通して心の底に映る万象を正しゅう判断して蓄えること。これが心に飯を食わすということですな
西岡常一
 故、法隆寺の宮大工棟梁、西岡常一の言葉は以前にも本欄で紹介した。ちょっと長いが、西岡棟梁の言葉はいくら紹介してもし足りない。どれもこれもが本質本源、この世の真理を言い当てているようで、八百万の神々が彼に言わせているのではないかと思うほどである。 体の糧はわかりやすい。 何をどれだけ食べるのかと気にする人は多い。 意識の高い人ならなおさらである。 では、心の糧はどうだろう。 もちろん食べ物は心にも影響する。 西岡棟梁の言葉を借りれば、五感は食にも密接に関わっているのだから、当然と言えば当然だ。 「木は動けませんから、芽生えた山の環境によって癖が自然のなかで備わります。 人間は自在に動くことができますし、心が備わっています。この心の動きによって人間に差ができますのや」 木や…続きを読む
 
花は心、種は技
『風姿花伝』より
『風姿花伝』からの抜粋は、以前も本欄で紹介したことがある。 古くから伝わる能の口伝書とはいえ、その内容は能の世界だけにとどまらない。 普遍的な人生訓は、いつの時代にも新鮮な響きをもって琴線をふるわせる。 何かに行きづまり、ふと立ち止まったとき、人はようやくその視線を自然に向ける。 道ばたに咲くちいさな花や、じっとだまって立っている木々。 一木一草に命を見、懸命に生きる動植物にはげまされる。「そうか、そうやって生きればいいのか」と、物言わぬ生き物たちに教えられる。 花が咲く姿を見て、能を演じる役者が輝く瞬間というのはこういうことかと、世阿弥は気づく。 なるほど、芸の道理は花が咲く道理と同じではないかと。 人の生きる道理も、そう違わない。 花は心、種は技。 花が咲くのは種があ…続きを読む
 
この世でもっともすばらしいことは、自分は自分のものだと知ることである
ミシェル・ドゥ・モンテーニュ
「エセー」と言えばモンテーニュ。モンテーニュと言えば「エセー」。 38歳で隠棲生活に入ったモンテーニュは、人間観察、とりわけ自分自身の内面を考察しながらこの本を書いた。今も昔も多くの人を虜にしているこの作品は、普遍的なテーマゆえ、いつでも、どの場面を取りだしても通用するものばかり。第一巻39章の「孤独について」の中の一節がこれだ。「自分は自分のものである」 この言葉ほど現代人に響く言葉はないのではないか。「何を言ってる、そんなのあたりまえじゃないか」と思うかもしれない。 でも、そう言い切って人生を送っている人はどれだけいるだろう。 情報に絡め取られ、判断基準がずれてしまっていてもそのことに気づかず、それが自分だと思い込んでいる。 そういう人は、きっとたくさんいるはずだ。 …続きを読む
 
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