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生きるというのは、なんてこう、じたばたしなくちゃならないのかと思います

茨木のり子

「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」と喝破する詩人、茨木のり子の言葉をひとつ。彼女の言葉は彼女の生き様そのもの。素の自分をさらけだした力強い言葉のはしばしに、気品あるたたずまいが見える。通りすがりに振り返ってみてしまうような、はっとする美しさがあるのだ。

 

 昨日が良い日だったからといって、今日も良い日とは限らない。

 今日が嫌な一日だったからといって、明日も同じとは限らない。

 同じようにみえる毎日も、まったく同じというわけではない。

 

 昨日の自分と今日の自分の違いに一番最初に気づくのは、自分自身だろう。

 昨日はできたことが、今日はなぜかできなくなることはあるし、さっきまで気分がよかったのに、ちょっとしたきっかけで気分が悪くなることだってある。

 

 人間、いつも同じ状態というわけではないし、つねに上向きでも下向きでもない。

 上がったり下がったりするシーソーを楽しめる無邪気さがあればいいのだが…。

 どんなに立派な人だって、心の中では浮き沈みする喜怒哀楽とせめぎ合っているのじゃないだろうか。

 

 平常心、不動心といえども、心ある人間なら、ころころと心が動き回ることがそれほど悪いことではないような気がする。

 変化の中に暮らすことが生きるということなら、じたばたするのも無理はない。

 動くものを動くなと無理矢理押さえつけたところで、動くものは動く。

 とはいえ、じたばたしながらも動いてゆく道筋を決めることは必要だと思うけれど。

 

 まったく生きるというのは、なんてこう、じたばたしなくちゃならないのだろう。

 それが生きるということなら、じたばたしながら一日と感情に折り合いをつけて、変化してゆく日常に、変化しながら自分を合わせていくしかないじゃないか。

(180422 第359回)

 

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