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Interview Blog Vol.44

一枚の紙から生まれる昆虫で、森羅万象を伝えたい。

紙造形作家小林和史

2018.05.11

本物と見まごうばかりの昆虫を、一枚の紙から作り出す紙造形作家の小林和史さん。1ミリを16等分に切り分けるその手は、まさに〝God hand〟。原点は幼い頃の小児喘息にありました。長年、イッセイ・ミヤケ事務所でデザイナーとして活躍し、その後もアートディレクターやデザイナーとして広く活躍されながら紙昆虫作りを続けてこられました。なぜならそれは、小さな生きものたちに自らを重ね合わせる、小林さんの祈りそのものだったからです。

病魔が与えた天性

紙の昆虫を作ろうと思ったきっかけは何ですか。

 僕は10歳まで重度の小児喘息だったんですよ。ですから、家での療養生活を強いられていました。遊びといったら家の中でできることしかなかったのです。いつ発作が起きるともわからないので、外遊びはもちろん、父親と昆虫採集にいくことすらできませんでした。特に、夜中の発作は僕にとって恐怖でしかなく、発作が起きると朝まで横になれない。発作が治まるまで暗闇の中でじっと待っているしかなくて、そんなときは父親が集めた昆虫の標本を眺めていました。眺めているうちに、作ってみようと近くにあったハサミを手にとり、標本を見ながら本物のように紙を切って作り始めたのがはじまりですね。それが、3歳のときです。

3歳でハサミを使うというのは危険なような気がしますが、子供用のハサミだったのですか。

 いいえ、大人用の刃先が尖ったハサミです。父親がアマチュアの採集家だったこともあり、刃物や道具類は常に身近にあったのでね。親も危ないとは言いませんでした。4歳の頃に買ってもらったハサミはいまだに使っているし、宝物です。もう同じメーカーのものは製造されていないんですよ。

小学校の頃に作ったという作品を見せていただきましたが、8歳の子供が作ったとは思えないですね。触角も脚も細やかにできていて、今の作品の原点を見たような気がします。

 あれは、伯母がひそかに取っておいてくれたものなんですよ。僕はただ作るだけで、でき上がったら捨て、また次へというようにしていましたから。伯母が取っておいてくれなければ過去の作品はなかったでしょうね。とにかく、家でも親戚のうちでも常にハサミで紙を切って作っていました。

なぜ、それほど紙昆虫作りにのめり込んだのでしょう。

 それしか遊びがなかったということと、僕にとって紙で昆虫を作ることはリハビリテーションだったからです。喘息で苦しい思いをしていたときも、無我夢中で昆虫を作っているときだけは、発作が和らぎました。本物らしく作れば作るほど、病気のことは意識からはずれ、父親と昆虫採集に行ったような気持ちになっていました。そのときからずっと、紙で昆虫を作るという行為が僕にとっての祈りの儀式のようになっています。

紙昆虫作りとファッションデザインの共通点

小林さんはデザイナーとしても活躍されていますが、やはりそれもハサミを使うことと関係があったのでしょうか。

 そうだと思います。子供のころからずっとハサミを使っていましたし、創作することが日常でしたから、デザイナーという職業に憧れるようになったのも必然だったと思います。ファッションの世界に憧れて、パリに行くための渡航費を稼ぐためにいろいろなデザインコンクールにも参加しました。いくつかの賞を獲得した中のひとつにパリ留学があって、念願のパリでファッションやデザインを学ぶ機会を得られました。

イッセイ・ミヤケ事務所に入られたのはパリ留学のあとですか。

 はい。僕の職業としてのスタートはイッセイ・ミヤケ事務所でのファッションデザイナーですし、会社に勤務したのはイッセイ・ミヤケ事務所が最初で最後です。数々のコレクションも経験させていただき、イッセイさんからは多くを学ばせていただきました。イッセイさんのファッションは一枚の布から洋服を創りあげるのですが、それはまさに、僕が幼い頃からやっている一枚の紙から立体を作りあげていくという作業に通じるものがありました。シンプルにしていくことの中に本質があるということを無意識に感じ取っていた幼少期の体験が、イッセイさんと仕事をする中でつぶさに感じることができました。

一枚の紙に潜む陰陽の世界

一枚の紙から昆虫を作るというのもすごいですね。

 昆虫は左右対称ですからね。紙を半分に折って一気に切ります。書道のひと筆書きのようなものです。ですから、やり直しはしません。
 小学生の頃、友人たちと原っぱで遊んでいたとき、寝っ転がって手を空にかざしていたら、友人たちは手を見ているのに、僕はなぜか手によって切り取られた空間の方が気になったんです。一枚の紙のように、手と空間は実はつながっていて、ただ人間の眼では、陽光によって切り取られた、輝く輪郭に縁取られた手の方だけを見ている。僕はそれを取り巻く「間」の部分にも視点があるんです。つまり両方の世界がひとつになって、ものは存在しているんじゃないかと。
 昔は紙から昆虫を切り取ったら残りは捨てていたのですが、今は一緒に展示しています。一枚の紙から創り出すという僕の宇宙観、陰陽の関係を海外で説明するにはその方が簡単です。

小林さんの作品のコレクターの中には、U2のジ・エッジやローリング・ストーンズのチャーリー・ワッツもいると聞きました。

 そうなんですよ。永年、ひとつのことでも続けておりますと、面白い出会いがあります。日本人特有の繊細な仕業はもとより、彼等の血の中にはない、何か本質的なリズムを音楽家の感性で嗅ぎ取って頂いたのかも知れません。何よりも嬉しいことです。
 日常ではほとんど意識の向けられない虫という存在ですが、実は人類にとってはなくてはならない存在なんです。そんなデリケートな部分に意識があるかないかは、ものづくりに携わる身としては、ある種の結界になっているような気がします。もとより、虫は太古の時代から存在する生き物です。そう考えると、虫は万物の化身とも言えますし、地球そのものです。虫の様子を見ていると、人間も一人ひとりが孤立した存在ではなく、彼らと同じ自然の一員なんだということがわかります。

虫は万物、自然の化身

小林さんの作った紙のハエを、カマキリが間違えて食べて吐き出したというエピソードがありますね。それくらい本物らしく作られているのは驚きですが、まったく実物そっくりに作ることを追求されているのでしょうか。

 いいえ、そういうわけではありません。実在する昆虫を原寸大で作ってはいますが、かといって忠実に再現するだけじゃない。一度自分の中で咀嚼してから新たに生み出しているわけです。もとより、虫との共感が僕の中には確固としてありますので、虫の形はしていますが、実は、必死に生きる人間の姿なんですよ。

それはやはり、ご自身の幼少期と重ね合わせているということもありますか。

 大いにあると思います。3歳という、物心つく以前からの行為は、その後の人格形成においてある種、礎のような存在になってしまうんです。それは、死への不安を乗り越えて、生きている事への歓びや感謝、つまり作ることは、祈りの行為に近いのかも知れません。
 昆虫はどこにでも居ます。多種多様なキャラクターを活かして必死に生きているんです。人間もまたその様であるのだと思います。そういう事を作品で語り伝えられたらいいと思っています。

小林さんは空間デザイナーとしても才能を発揮され、代官山蔦屋書店T-SITEなど、多くの物件を手がけられていらっしゃいます。小林さんの作品が表紙を飾る『Japanist』最新号には、その辺のことも詳しく書かれていますね。発行人であり弊社の代表の髙久も、今号はいままでで最もバランスが良く質が高いと自負していますし、読者からも好評です。
 紙造形作家としての小林さんの祈りが、今後ますます多くの人の心に届くことを願っています。

ありがとうございます。

 

(写真:ポートレート 撮影/中山 AMY 晶子 上段:4歳から使っているハサミ、2段目:8歳の頃に作った作品、3段目:氷結した蜻蛉『氷結』 撮影/クロダユキ、下段:『Japanst』第37号表紙) 
 

 

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