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Weekly Interview

人の数だけ物語があります。本欄では、月3回、インタビュー形式でさまざまな物語を紹介します。

Interview Blog Vol.23

営業の秘訣はコツコツと〝信用残高〟を増やすこと。

株式会社ジャクエツ 取締役文化事業部長佐々木立巳さん

2017.10.16

 幼稚園、保育園など幼児教育の施設向けにさまざまな商品を提供する株式会社ジャクエツは、創業100年以上の老舗企業。同社の文化事業部部長、営業一筋に活躍してきた佐々木立巳さんに、営業の秘訣を聞きました。

私の財産は、仕事を通していろいろな人に出会えたこと。

佐々木さんは一般的なサラリーマンのイメージとはちょっと違う雰囲気があります。独特の感性をお持ちで、絵画や彫刻などの芸術作品を見極め、作家さんたちからの信頼も厚いですよね。もともと、芸術に興味があったのですか。

 いいえ。まったくありませんでした。私は、見渡す限り山ばかりという福井県の田舎で育ちましたからね。遊びと言ったら、野山を駆けまわったり野生の動物を追いかけたりするくらいです(笑)。小学校では同級生は1人で、全校生徒を合わせても15、6人程度の分校で小学年を過ごしました。しかも芸術的環境が微塵もない中で育ちましたので、芸術に興味を持ったのも、文化事業部の仕事をするようになってからです。

 永年作品創作に取り組まれてきた作家さんたちとの出会いは、私の作品に対する見方を大きく変えてくれました。お話を通じて一人ひとりの作家が創作にかける情熱を肌で感じて、作品から思いが伝わるというか、作品が持つエネルギーの強さを感じられるようになりました。

 今考えると、美しい自然を見て触れて育ったことが、芸術を見る目を養ってくれたのかもしれません。

福井県に本社を置くジャクエツを選ばれたのはなぜでしょう。

 私がジャクエツに入社した昭和55年頃はUターンラッシュで、地元に帰って働くという気運が高まっていました。大学で現在の地方創生のようなことを学んでいたこともジャクエツを選んだ理由のひとつです。

 私は立命館大学社会学部で経営学や経済学、哲学を、ゼミでは地方再生の方法などの「産業社会」を学びました。地方が衰退していくなかで、どうすべきかを考えました。その結果、自分が生まれ育った福井に基盤を置くジャクエツで働きたいと思ったのです。

 それともうひとつは、父の足跡を残したいということですね。戦前、私の父は、大阪で祖父が経営していた銭湯で働いていましたが、戦後、郷里の福井に戻り、農業を継ぎました。山に杉を植林することに反対している人たちとの交渉や、無線連絡所を設置するなど、地元のために精を出す父の姿をずっと見ていましたから、ゆくゆくは父が愛した地元福井のために、何かできないかと思っていたのです。

創業以来、100年を超えるジャクエツの魅力は何でしょうか。

 私は入社後すぐ、大阪支店に配属されて営業をしたのですが、当時の徳本社長(現会長)は逆転の発想で、「景気の悪い時ほど追い風だ」と言われていました。土地や資材など、いろいろなものが安くなるからと聞き及んでいます。人も集まります。毎年6〜7拠点、立ち上げていました。土地を手当し、事務所を建て、人を採用し、営業をする。売上が増えれば供給を増やすため、生産力を上げる。その繰り返しです。それはもう目が回るほどの忙しさでしたよ。その頃に行ったことが今に生きています。ジャクエツは全国すべての都道府県に拠点があり、すべて自社物件です。さらに「オリジナル商品を自社で生産し、販売する」という原則は、ずっと変わっていません。徳本会長がすごかったのは、年商の半分くらいの借金をしてまでも、それをやり続けたことです。

現在の徳本社長は3代目ですね。徳本社長から絶大な信頼を置かれていると映りますが、これまでどのようにして実績を上げてこられたのですか。

 一時、本社に戻って企画や開発に携わったことはありますが、私は一貫して営業畑の人間です。その間、どうやって自分独自の営業のスタイルを築くことができるか、いろいろ考えました。先輩と同じことをしていても先輩を越えられないし、先輩以上の信頼は得られない。

 できることは、訪問件数を増やすことと、アポをしっかり取って面談時間を多くすること、お客さんの立場に立った提案をすること。また営業以外で園のイベントを手伝うこともしました。つまり、営業で結果を出すためにはコツコツと「信用残高」を増やすこと以外にないと思ったのです。

当然、営業のノルマもありますよね。ご苦労はなかったですか。

 売上目標達成で苦労したことはないですね。結局、営業はいかに厚い人間関係を築けるかなんですよね。私は幸いなことに、すばらしいお客様に恵まれました。夕食に招かれたり、職員旅行や家族旅行に招かれるなど、家族的なおつきあいをする園が多かったですね。“大阪のお母さん、お父さん”がたくさんいましたよ(笑)。

会社を辞めたいと思ったことはなかったのですか。

 一度、あります。それまでの人生でやり残したことがあるのではないかと考えてしまったのです。若い頃、本当は教師になりたかったんですよ。それで、大学のスクーリングを受けたのですが、教師になるには当然、会社を辞めるしかありません。しかし、そうなると、信頼してくれるお客さんに迷惑をかけることになります。そのときはじめて、自分が必要とされていることを実感しました。それで、教師の夢をきっぱりとあきらめました。

営業マンとしての心得のようなものはありますか。

 そうですね……。部下には必ずこう言います。「相手の立場になって考えなさい」と。価格を安く提供したからといって喜ばれるわけではありません。高くてもその期待を越えるサービスをすれば喜ばれます。ですから、お金に換えられない付加価値を売れと。

 しかし、若い人にそのことの本質を伝えるのは難しいですね。だからこそ、育てがいがあるとも言えますが……。本当は、お客さんの言っていることにヒントがあるんです。ですから、じっくり話を聞けば、お客さんが何を求めているのかが見えてくるはずです。

 私は、世の中には3人の師がいると思っています。まずは親。次は教師、そして社会に出てから出会う人たち。師の言うことを素直に聞ける人は伸びると思いますね。

 これまでたくさん失敗もしてきましたが、失敗の中にこそ多くの学びがありました。どんなこともすべて自分に責任があると認識し、他責にはしないことが大事です。

人生100年が当たり前になっていく世の中で、これまでの人生モデルは通用しなくなると思います。還暦を目前にして、これからどういう人生の目標がありますか。

 父の遺産というか、足跡を守って後世につないでいきたいということですね。それと、園の先生方や会社の人たちなど、お世話になった人たちに恩返しをしたいと思っています。

 私の財産は、この仕事を通していろいろな人に出会えたことだと思っていますから、今後は点と点のつながりが線になるような仕事をしていきたいです。

(文中写真上:稀代の彫刻家・中村晋也氏と。写真中:陶芸家・今井政之氏、眞正氏の窯にて。写真下:左から佐々木氏、日本画家の平松礼二氏、徳本道輝会長、徳本達郎社長)

株式会社ジャクエツ https://www.jakuetsu.co.jp/

 

 

 

 

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