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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。
日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。些末な出来事の数々を無秩序にはじめに書き連ねてみたいと思う。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。 |


次々と便利なものが現れてくるものである。 水に濡れても破れない合成樹脂で作られた本がある。私が買い求めたのは、『お風呂で読む西行』。そのおかげで、最近は風呂の中で西行を朗読している。 風呂のなかは独特の音響効果があるので、朗々と聞こえる。いつもの自分の声とはちがう。歌の意味を探らず、まずは声に出して何度も詠む。西行はなぜか字余りが多いが、それが妙に印象に残る。言葉も流れるように美しい、とは言い難い。しかし、ズシリと響く力をもっている。やはりこの人は武士である。 10数篇を何度か詠み終えた後、おもむろに浴槽を出ると、身も心もスッキリ。西行の言葉のリズムが耳の奧から五臓六腑に浸透しているかのような錯覚を覚える。 いいな、選び抜かれた言葉の力って。
『ジャパニスト』で連載している「日本人偉人列伝」は、大久保利通、小村寿太郎と明治の傑物が続いたので、次回は一気に時代を遡り、西行を書きたいと思っている。なんと言っても、「願はくば花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ」という歌と出会い、4月生まれの自分もこのように最期を迎えたいものだと思って以来の西行好きである。 (2010年 風呂で西行を詠むの図) |
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やむにやまれぬ理由が重なり、男三人で温泉へ行った。 メンバーはけっして明かせないが、仮に信州在住の炭焼き師Sと某辣腕政治家秘書Yとしておこう。行き先は松本の浅間温泉である。 宿選びはYの得意技が炸裂し、「最上階・スイート・貸し切り風呂付き」とあいなった。男三人で貸し切り風呂はないだろう! と一般的には思うはずだが、実際にありえるところに人間存在の面白みがある。 どうしてこういう事態になってしまったのか、いまもって不思議なのだが、要するに、男三人枕を並べて寝ることがどんな感懐をもたらすのか、実験してみようということでもあった。
当日、ある蕎麦屋で待ち合わせをしたのだが、満面の笑みでやってきたSの表情が脳裏にこびりついて離れない。たぶん、臨終の間際まであの笑顔は忘れられないだろう。待ちに待った日ということはわかるが、そこまで喜んでいいのだろうか。本人は照れ隠しで、「今日という日が来るのが怖かった。早く今日が過ぎてほしい」と、これまた満面の笑みで言っている。言葉と表情を連動させることはじつに難しいのである。 対するYは終始冷静沈着で、蕎麦屋でも宿に着いてもパソコンで仕事をしている。パソコンなんぞ、放り投げてハメをはずせばいいのになあと思いながら、私は一人だけで風呂に向かった。
今回は別の遊興が企図されていた。つまり、白フンドシと赤フンドシのどちらに軍配が上がるか? その審判役に私が買って出たのだが、結局、最後まで冷静・沈着でいることがかなわず、「その時」が近づくにつれ、動悸・息切れが激しくなってきたので、無言のうちに勝負を延期させていただいた。まだまだ修業が足りないと痛感した次第である。 こういう時、日本人同士は話が早い。その場の空気で相手に伝えることができるのだから。 「本来なら、そろそろ勝負の時間だが、どうも気持ちの整理がつかない。しかるに、それぞれ微妙に時間をずらして風呂に入ろうではないか」というメッセージが言葉にならなくとも伝わってしまうのだ。 暗黙のうちに同意したわれわれ三人は、じつにうまくその「事態」を避け、それでいてさまざまな議題で盛り上がり、就寝の時間を迎えたのであった。 (2010年1月31日) |
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一昨日の夜、東京から戻り、昨日と今日の週末はずっと家にいた。いつものコースを土曜日はジョギング、日曜日の今日はウォーキングしたのを除いて。 20年前、今の住処に引っ越してきた理由は、ただ近くに快適なジョギングコースを得んがためである。(前の住居からたかだか数キロの移動だったが)。それ以来、県の総合運動公園は私にとって欠くべからざる場所になっている。 近所の桜並木を抜け、環状線に出て東へ。すぐさま運動公園の敷地に入り、陸上競技のスタジアム沿いに走って遊園地(ジェットコースターなどの基本設備が揃っている小さな遊園地)、飛び込み台のあるプール、テニスコート、相撲の土俵などを抜け、水生植物園に入る。その後、野球場を2面走り抜け、サッカー場とラグビー場などを囲んだ1周1キロの桜並木のジョギング専用コースを走る。そして、野球のスタジアム沿いに走って陸上競技場に戻る。 広い敷地内はありとあらゆる木が繁り、四季おりおりの姿を見せてくれる。走りながら西向きに方角を変えると、正面に男体山がデンと現れる。以前は真夏が好きで、炎天下、400メートルのインターバルを10本などというバカげたテーマを自分に課し、倒れる寸前まで体を酷使したが、今はのんびりと冬の景色の中を走るのも好きである。 なぜなら、木の姿がはっきりとわかるから。常緑樹を除けば、ほとんどの木々が葉を落としているので、どんな幹でどんな枝振りなのか、わかるのだ。 言ってみれば、木のヌード。次々と目の前に現れる木に対して、「案外、スマートだね」とか「君、着やせするタイプ?」などと心の中で話しかけながら走る。そんなこんなが妙に心地良いのだ。
つくづく、私にとって宇都宮は活動拠点として最適の場所だと思う。冬はちょっぴり寒いけど、このピリリとした寒さが精神を高めてくれる気がする。私はアジアのリゾートが好きなくらいだから、暖かいところが好きなのだが、たぶん暖かいところに住んだら怠けると思う。けっこう享楽モンだからね。かといって、雪深い地方には住めそうにない。ウィンタースポーツはやらないし、そもそもタイヤのチェーンを巻いたことさえない。 そういう私にとって、宇都宮はちょうどいい立地だ。大好きな日光は、思い立ったらすぐに行ける距離だし、東京への距離も絶妙だ。以前は上京するときは必ず新幹線を使っていたが、今では滅多に使わない。すぐに着いてしまい、いかにも即物的だ。在来線を使っての1時間半はとても快適な時間である。本を読んでもいいし、思索に耽ってもいいし、少し眠ってもいい。とにかく、グリーン車の中で一人静かになれる時間というのは至福の時間である。 人口50万人というのもちょうどいい。人が多すぎると疲れるし、少なすぎては仕事にならない。私の本業である広告の企画・制作業は典型的な都市型の業種なので、これ以下の人口では会社を継続できるほどの仕事量はなかなか得られないと思う。
とにかく、今の生活基盤である宇都宮は、自分にとってとても快適であるということに最近になって気づいた。「ジャパニスト」を作るには、途方もない、それこそ命を削るような(自分で言うのもナンだが)集中力が必要だが、都内のマンションの中ではあの集中力は発揮できないと思う。取材、原稿、デザイン、原稿依頼から撮影の手配、校正、文字の一字一句の修正、請求書発行など、ほとんどを一人でやっている。正月前、骨の髄まで疲労困憊になった時、1円にもならない仕事をこうまでしてやり続ける自分はなんてバカな男なのだろうと呆れ果てた(もちろん、仕上がった後、いろいろな反応はそういう思いを雲散霧消させるが)。そういう長時間集中型の仕事は、長年馴染んだ空気の中だからこそ可能なのだ。もちろん、生まれ育ちが東京だという人は、そのような場所が東京なのだろうが…。 エッセイ集『多樂スパイラル』にも、「もし長期入院したら、いつものジョギングコースを無性に走りたくなるにちがいない」と書いたが、今でもそう思う。 (2010年1月24日 写真は、愛用のジョギングコース) |
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