コンパス・ポイント


高久 多美男
●1959年生まれ
●1987年、広告の企画・制作を営む株式会社コンパス・ポイントを設立
現在、代表取締役・「fooga」編集・発行人
●「権力にへつらわず、大衆に媚びず」がモットー

■好きな本

バルザック、ユゴー、デュマなど19世紀仏文学からヘミングウェイ、アーヴィング等20世紀アメリカ文学と村上春樹以降の日本文学。幕末〜明治の歴史ものの他、あらゆる生活・芸術分野から政治・経済の本まで、本には異常な愛着を示す。

■好きな音楽
バロック、古典派、ロマン派から近代フランスの室内楽、バルトーク以降の現代音楽まで、あらゆるクラシック音楽と1950年代以降のジャズ、60年代以降のブリティッシュ&アメリカンロックなど、いわゆる雑食。

■好きな食べ物
和食、イタリアン、フレンチ、エスニックなど何でも。中華はさほど好きではない。

旅行、登山、チェロ、ボクシングのまねごと、ジョギングなど興味の範囲だけは広い。便利なことよりも美しさに価値を見いだす。

■尊敬する人
坂本竜馬、大久保利通、伊藤博文、陸奥宗光、小村寿太郎等、幕末から明治にかけて活躍した男たち。

■著書

『ニッポンよ、ニッポン人よ』
船村徹著 ※聞き書き



『出会い』
北原照久著 ※聞き書き



『-魂の伝承−
アラン・シャペルの弟子たち』



『見川鯛山、これにて断筆』
見川鯛山著
※2冊組のうち
『鯛山センセイの生き方』を執筆



『多樂スパイラル』
(エッセイ集)



『美しい生き方が、ここにあります。』
総合監修

自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。
日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。些末な出来事の数々を無秩序にはじめに書き連ねてみたいと思う。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。


スマートでしたたかなフランス外交の神髄
 3月5日、中田宏氏が、フランス政府からレジオンドヌール勲章を叙されることとなり、フランス大使館での叙勲式兼カクテルパーティーに出席した。
 同勲章は、1802年、ナポレオンによって創設されたフランスの最高国家勲章であり、当時は国家に貢献した軍人を対象に叙されたが、やがて軍人以外にも対象が広がり、今ではフランス人以外も対象となっている。
 今回の受章理由は、「横浜市におけるフランス月間を創設するなど、横浜とフランスの関係を深めた」ことなどが挙げられていたが、私はちょっと違う見方をした。
 もちろん、そういう理由もあるだろう。しかし、どちらかと言えば、「こじつけ」と言えなくもない。
 本意は、「これから日本の指導者の一人となる中田氏と仲良くしたい」ということではないか。
 レジオンドヌール勲章は、フランスのファンを増やすためにうまく活用されている。外交上手のフランスの真骨頂を見る思いだ。

 受章後の中田氏のスピーチがふるっていた。フィリップ・フォール駐日フランス大使が同時通訳で聞き入る中、ワインよりも日本酒が好きであると述べたり、捕鯨問題でのフランス政府の態度に釘を刺すなど、スマートに自分の意志を表明していた。もちろん、日本とフランスが良好な関係を保っているということを述べた上でのことだが。

 もうひとつ感じたことは、フランス政府が外国人に叙勲するに際し、ひとつの筋が通っているということ。豊かな文化や芸術を背景にする国家から叙勲されたとなれば、悪い気はしない。これが中国だったとしたら、ありがたみはあるだろうか? せいぜい、中国共産党と利害関係があるんじゃない? と疑われておしまいだ。

 それにしても中田さん、立ち姿がキリッとしていて、じつに絵になっていた。
(2010年3月6日 叙勲後のスピーチをする中田氏)

ならまち風情
 広島でチョンマゲ大将の寿司を味わった翌日、同じ広島県内の竹原市にある藤井酒造を取材で訪れて取材し(『ジャパニスト』第5号、純米酒のコーナーに掲載)、その足で京都へ向かい、ワサブローさんと久しぶりにお茶をし、その後、近鉄線で奈良へ向かった。
 奈良から田口佳史先生の講義を聴きに東京まで通っているA氏と会食し、翌日、A氏と地元の建築家に奈良の町屋が並ぶ「ならまち」を案内していただいた。
 今、全国どの街へ行っても同じような風景が並ぶ中、奈良はさすがに歴史の重みを感じさせてくれる。タイムスリップしたかのような錯覚をおぼえる。
 平城京の碁盤の目の区画を生かしているため、入口は狭いが奥行きがある。奥行きの間取りはどの家もほぼ同じなので、中庭の位置が揃い、そのため夏になると風の通り道になるという。プライバシーを大事にしながら「公」を意識してきた当時の日本人の「思い」がしのばれる。
 外観の格子を見ていて、ふと思った。
 これは隈研吾ではないか!
 いや、ちがう。隈研吾のあの格子をうまく使ったデザインコンセプトは、町屋にルーツがあったのだ。

 残念だったのは、心ある地元の保存運動をあざ笑うかのように、虫食いのように空き地があり、マンション建設予定地という看板がいくつかあったこと。業者はほとんどが東京の会社だった。
 便利かどうか、儲かるかどうか、という観点に立てば、まちがいなく町屋は「否」であろう。
 しかし、そうでなければ残せないものがある。そうでなければ伝わらないものがある。
 A氏が言った。
「向こうに見えるのが生駒山。大阪から来る汚い空気をあの山が浄化してくれる」

 そういう矜持が必要だと思う。
(2010年3月2日 写真はならまちの風景)

さかもと屋市兵衛の商人髷
 広島で「日本志民会議」のフォーラムに参加した後、地元の友人に美味しい寿司屋があるから、と案内された。その名は「さかもと屋 市兵衛」。
 店に入り、カウンターに座るなり、「おっとぉー!」目を瞠った。
 なんと大将、ちょんまげなのだ(写真右)。正確には商人髷と呼ぶべきだろう。
 そのビジュアルを見て、私は「気が合うな」と思った。どこを輪切りにしても平凡な人よりも、このように個性むき出しの人の方が気性が合うのだ。
 事実、話は意外な方向に進み、大将は、「学校で明治以降の歴史を教えるべきだ」と気炎をあげる始末。すかさずカウンター越しに握手を交わしたのは言うまでもない。
 それにしても、広島まで行って、寿司屋のカウンターでその店の主人と近代日本史について語り合うとは思わなかった。

 ところで、ちょんまげ大将が指摘するまでもなく、近代史や道徳を教えていない弊害はおびただしい。
 バンクーバー・オリンピックに出場した国母という選手の服装問題は、もとをただせば今の教育にある。つまり、あのような品のない日本人を生んでしまったのは、今の大人が悪い。
 学校では「日の丸」や「君が代」の意味を教えず、ひたすら忌避する教師がまだまだ多い。そういう大人たちの姿を見て育った子どもたちに、「国家に対して敬意を払え」「国家の代表であるという自覚をもて」と言う方が無理がある。
 繰り返し言うが、私は日教組は一度解体すべきだと思う。百害あって一利なし。国を滅ぼす張本人だ。

 とは言うものの、民主党の最大の支持団体のひとつが日教組。「政権交代」を早く実現させないと、逆に日教組がのさばることになるだろう。
(2010年2月20日 写真は「さかもと屋 市兵衛の河合氏)

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