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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

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リオを一望できるコルコバードの丘にて

2011.07.17

 『コルコバード』と聞けば、オスカー・ピーターソンを連想する人も多いと思う。玉を転がすようなあの流麗な音楽は、まぎれもなくジャズの名曲のひとつといっていい。

 それでは、コルコバードとは何か?

 コルコバードとはリオ・デ・ジャネイロの街を一望にできる、ある丘の名である。リオには他に『コパカバーナ』とか『イパネマ』など、曲名として有名になっている地名がある。

 コルコバードはポン・デ・アスーカルと並び、リオのどこからでも見えるほどシンボル的な存在となっており、市民の誇りでもあるようだ。

 頂上には巨大なキリスト像が建てられているが、不遜にもその前に立っている男は、不肖・私である。もちろん、深い意味はない。

 

 リオを訪れたのは、2006年のこの時期だった。ドイツでワールドカップが行われており、ちょうどリオに着いた日に日本対ブラジルの試合が組まれていた。

 日本を発つ前からさんざんなことを言われていた。

「ブラジルでは敵チームの国民はなぶり殺しに遭うかもしれない。外出は控えよ」とか、「ブラジルでは路上に死体が転がっている」だとか……。なにしろ、代表チームの試合があるときは学校などが休みになるようなお国柄だ。

 しかし、いずれもまったくのデマだった。それどころか、日本が先取点をあげたとき、ブラジル国民は花火さえ上げてくれたのだ。リオやサンパウロではブラジル代表が得点をあげたとき、花火を上げる慣習があるという。

 にもかかわらず、日本代表のために花火をあげてくれたのだ。監督がジーコということもあったと思う。しかし、ブラジル人の多くは、自国代表チームとともに日本代表チームを応援してくれたようだ。

 ほとんどのブラジル人は驚くほど親日的だった。普通の日本人よりはるかに親日だった。日系移民が100年以上にわたり刑事犯罪をまったく犯していないという事実も含め、先代の日本人の規律ある行為がそうさせたのは言うまでもないし、経済援助など数々の支援が一般の人たちにあまねく知れ渡っていることもその一因だろう。かつて日本から膨大なODAを受けていた中国は、そのことを国民に知らせていなかったが、ブラジルなどの「まともな国」では受けた恩はきちんと胸に刻んでいる。

 ところで、世界でいちばん反日的な国民は他ならぬ日本人である。特に教師、学者、市民活動家、大学の教授、政治家、芸術家などに多く見られる。戦後間もない頃に行われた保守系の人たちに対する公職追放がこのような形で今も大きな禍根を残している。

 困ったものだ。自分が生まれた国を愛せないのは、自分を愛せないのと同じ。つまり、日々不幸を背負って生きていくということだ。しかも、ある程度年齢を重ねている場合は不治の病といっていい。例えば、左翼思想の60代の人に日本サイドに立った歴史を教えても、まったく聞く耳はないだろう。もちろん、60代以上の方々にも立派な人はたくさんいる。現に私の周りはそういう人ばかりだ。しかし、若い頃に全共闘運動が盛んで、大なり小なりその影響を受けた人が多いのもその年代の特徴だ。あちこちでキレまくっているオジサンはまさにその年代ではないか。本来は子どもたちのお手本になるべき人たちなのにね。

 ほんとうに困ったものだ。

(110717 第266回 写真はコルコバードの丘にて)

 

 

 

 

 

 

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