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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

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これからの日本外交

2011.01.23

 たびかさなる日本外交の失敗に歯ぎしりし、早51歳にして前歯が全部なくなってしまった、というのは真っ赤な嘘だが、心の中はそんな感じである。

 今がどうのというより、次の世代が心配だ。自分の国を守ろうという気概がない国家がどのような道をたどるのか。

 と思っているところにちょうどいいシンポジウムがあり、足を運んだ。

 衆議院会館で行われた「国際外交・安全保障」シンポジウム。前原誠司外務大臣や自民党の石波茂政調会長など、現在の日本の外交においてキーパーソンともいえる人が揃い踏みするということで、ひとつあった予定をキャンセルし、傍聴してきたのである。

 

 石波氏は、「周辺の国に対して、ああだこうだ、あれが悪いこれが悪いと何万回言おうとも、何も事態は変わらない。今、日本は何ができなくて何ができるのかを突き詰めて考え、これからの外交・安全保障はどうあるべきかを決めていくことが重要」と言い、「日本の防衛力を高めることは周辺の海域に力の空白を生まないことにつながる」という認識を示した。つまり、力の空白が生まれれば、紛争の種になるということ。名指しこそしなかったが、チャイナを念頭に置いているにちがいない。

 最後にこうも言った。

 「今、日本人はバーチャル・リアリティーの世界に生きている。今こそ憲法に正面から向き合うべき」と自主憲法制定についての論議を始めるべきだと主張した。まったく同感である。

 前原氏は、現職の大臣という立場から思い切ったことは言えないという前置きで始まったが、実際には中身のある発言が多かった。

 曰く、「日本には時間がない。人口減少、少子高齢化、莫大な財政赤字という3つの悪条件の下、安全保障を整備しなければいけないが、今回の予算では防衛費を数年ぶりに上げることができた。また、今回策定した防衛大綱は現実の危機を想定してまとめたものである」。南西諸島海域の防衛を強化したことは、こちらも対チャイナを念頭に置いていることは明らか。

 その上で、今、日本に考えられる危機のシナリオは3つあると発言した。

 ひとつは、ミサイル攻撃。さらに化学兵器などを使ったテロ、そして周辺の島しょでの有事である。ミサイルはわずか数分で日本に着弾する。それをどう防ぐのか。都市でのテロに対する備えも弱い。また、日本は6000以上からなる島国だが、それだけにその防衛は難しいということ。今までのように、何もしなくても無事だったということが今後も続くと考えたら大間違いだ。

 救いは、二人とも、「党派を超え、大局的な見地から日本の外交・安全保障を考えたい」と発言していたこと。

 

 ひるがって、その翌日、ある会合で大手企業の経済シンクタンクに所属するチャイナ通の話を聞く機会があったが、「これが今の日本経済の実態なのだ」と愕然とさせられた。

 そこで語られていたのは、いかにチャイナが有望な市場であるかだけ。だから、チャイナ政府を刺激しないように、なにごとも穏便に、という主旨だった。

 チャイナがこれからも有望な市場であることは百も承知である。チャイナ人は一人ひとり気立てもよく、良き隣人になることも多いだろう。しかし、それと政治の問題はまったく別である。そのことを失念し、目先の利益をあげることにばかり気をとられているのは明らかに相手の思うつぼ。やがて、先般の漁船衝突事件のような「事実」を積み重ねられ、気がついたら日本の近海はチャイナが実効支配していたということにならないと誰が言えるだろう。

 北朝鮮やチャイナは「この人は使える!」と見ると、接待付けにし、都合のいいスポークスマンに仕立てることが昔から得意だ。気をつけなければいけない。

 

 ところで、なぜ「チャイナ」か、だって?

 本来はシナと書くべきところを差別表現だと言われるので、「では、仕方ないので英語表記にならおう」と思ったまでのこと。

 日本には中国地方があるし、昔は我が国を中国(なかつくに)と呼んでいたこともあった。チャイナ人が自分たちの国を中華(世界の中心)と呼ぶのは勝手だが、それを強制される筋合いはない。アメリカ人はCenter of the Earthとは呼ばず、China と呼んでいる。フランス語ではシノワ(スペルはわからない)だ。なぜ、われわれだけ、あの国を中国と呼ぶ必要があるのか。まずは、そこから正さなければいけないのではないか。

 そういう意味では、渡部昇一氏や石原慎太郎氏の考えと同じである。

(110123 第224回 写真はシンポジウムの会議風景)

 

 

 

 

 

 

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