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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

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空を見よう Part2

2010.12.09

 前々回に続き、「空を見よう」が今回のテーマ。

 ところで、いきなり話は変わるが、Part2と言えば、即座に思い出すのが、『ゴッド・ファーザー Part2』。私がもっとも好きな映画のひとつである『ゴッド・ファーザー』3部作の中でもとりわけ好きな作品である。

 シシリーからアメリカに渡り、貧民がのしあがっていく様が描かれている。

 当時、マフィアは貧しい人たちの支持を得ていた。なぜなら、上流階級に法の適用はなかったからだ。どんなに悪事を働いても、権力者側(つまり法を適用する側)とつながっている人間は裁かれなかった。だから、理不尽な扱いを受けた貧しい人たちはドン・コルレオーネなどのマフィアに制裁を依頼した。わずかな報酬を差し出して。

 マフィアも細かいことはグダグダ言わなかった。悪しき支配者をボコボコに殴り、場合によっては始末した。

 あの映画を見た高久青年は、義侠心に心を燃え上がらせた。そうだ、法の適用を巧妙に逃れるろくでもない大人を懲罰するに法は限界がある、と。

 今も考えは変わっていない。なぜなら、あの頃よりも悪人はいっぱいいるからだ。

 しかし、当時より少しは大人になったので、やみくもにマフィアに頼るのはちょっとマズイと思っている。

 

 過日、アルピニストの野口健氏と中田宏氏の対談があった。次号の『Japanist』の巻頭対談のためである。

 野口氏は「本業」の登山以外に、富士山清掃、戦没者の遺骨収集、センカクモグラを守る会など、多岐に及ぶ社会活動を続けている。

 じつに立派な若者だ。とりわけ国家が放棄した戦没者の遺骨収集にかける思いは強く、感服するばかりである。と同時に、戦争となるととたんに思考停止し、すべての責任を放棄してしまう情けない大人たちの姿も浮き彫りになった。日本政府は遭難者に対してあれほど手を尽くすのに、戦没者にはじつに冷たい。誰も好きで戦場へ行ったわけではあるまい。皆、家族や愛する人たちを守ろうと自らの命を賭けたのだ。そのことがわからず、「戦没者も戦争に荷担した人」としか見ない左翼の者どもは人間の皮をかぶった珍獣なのではあるまいか。

 杉並区では「君が代」のピアノ伴奏をした新人教師を数人のベテラン教師が取り囲み、「謝罪せよ」と執拗に迫ったという。

 なんというバカモノか。そういう教師がゴロゴロしているこの国に危機感を抱かないわけにはいかない。ここにドン・コルレオーネがいたら、どういう裁きを下しただろう。

 いずれにしても、腐った大人がたくさんいるこの国の姿に辟易した後は、空を見るのがいい。特に秋の空は最高だ。

(101209 第214回 写真は新宿御苑のタムケヤマモミジと青空)

 

 

 

 

 

 

 

 

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