多樂スパイス
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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

Blog TarakuSpice

師の愛する金地院

2010.11.19

 京都・南禅寺のすぐ近くに金地院という禅寺がある。名前からもわかるように、金地院崇伝が家康の遺嘱により、家康の遺髪と念持仏とを奉戴するために寛永5年に造営したもの。崇伝は天海と並ぶ家康の強力なブレーンであった。

 今年の9月、京都を訪れた際、念願叶い、金地院に足を伸ばした。なぜ念願だったのかと言えば、我が師・田口佳史先生が京都で最も愛する寺院だから。特に庭の完成度は比類がないと田口先生がおっしゃるたび、「早く行かねば」と思いを募らせていたのだった。

 金地院の庭は超濃縮といっていいほど隙間なく木が植えられている。たいがい木と木の間には適度な空間をつくるものだが、この禅寺の庭の木はぎっしり詰まっている。右の写真からも見てとれるだろう。

 方丈に面した縁側に座り、何も考えずに庭を眺める。自分が「海」(※我が家の天才ネコ)になったようなつもりでボ〜〜〜〜〜〜〜〜ッと眺める。風が通らないのか、木々の葉はあまり揺れないが、その分、雲の流れが目に入る。方丈の白砂と木々の緑、そして真っ青な空。3つの色が醸す空気に身を委ねる。

 

「海はいつもこんな感じで生きているのかぁ」、そう漠然と感じた瞬間だった。

 

 京都にはまだまだ未訪の名勝がある。これからそれらを探しながらひとつひとつ訪れたい。

 ところで、あくまでも好きな京都ではあるが、一点だけ違和感がある。いつも感じることだが、街の中に共産党のポスターが多すぎることだ。なんとなく敵地に乗り込んだような気にさせられるのは私の政治信条がはっきりしているためかもしれないが、日本の伝統文化が色濃く残る京都だからこそ、いつまでも共産党の牙城であってはならない。共産党が日本の伝統的価値観にどのようなスタンスでいるか知れば、そう思うのは当然だろう。

(101119 第208回)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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