多樂スパイス
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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

Blog TarakuSpice

遺憾の意とはどういう意味だ

2010.09.26

 このブログ始まった以来のことだ。一日に二度も書くのは。

 今日の午前中は新宿御苑を歩き、さまざまな植物に浄化してもらったはずだった。午後はまれに見る本物の書を見て、これまた浄化してもらったはずだ。

 それなのに中国人の横暴には憤懣やるかたない。どうにも収まらない。

 

 なんとなく昭和の軍人の気持ちがわかってきたと言ったら極端に過ぎるだろうか。

 中国人は今世紀になって、初めて横暴になったわけではない。生来、野蛮であるにもかかわらず、自分たちこそ世界の中心だという中華思想という勘違いを抱いてきたオメデタイ連中だ。彼らに対してどう処したらいいか、飛鳥時代以降、頭を悩ましてきたにちがいない。「日出る国の〜」と臨んだ聖徳太子も立派であれば、台湾における日本人漁民虐殺事件の始末をつけるために北京に赴き、見事、豪腕外交で外向的勝利を勝ち取った大久保利通も立派だ。さらに、表現方法は異なるにせよ、昭和の軍人もかの中国人には手を焼いたのだろう。なんとかして、あの横暴な民族の弊害を取り除こうと思ったにちがいない。今回の事件に直面し、当時の彼らの気持ちがわかるようになった。

 

 このまま彼らをのさばらせることは世界にとって、本当にいいことなのだろうか。近隣諸国はすべて迷惑を被っているのである。

 しかし、いったい、われわれ一市民が何をできるというのだろう。横暴な暴力団国家と「のびた君」のような日本政府。どこに救いがあるというのだろう。

 何か問題があると「遺憾の意」を表明する政府のオジサンたちにもほとほと困った。いったい、「遺憾の意」とはどういう意味か。どの程度の抗議を表すのか、どの程度怒っているのか、日本人でさえもさっぱりわからない。つまり、中国人にとっては反論されていないのと同じことなのだ。

 もっとはっきり言えばいい。「あなたたち中国人は世界のダニだ。世界に迷惑をかけている厄介者だ」ということを。

(100926 第194回 写真は戦艦「三笠」が被弾した跡)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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