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自分が好きなことを見つけて無我夢中で取り組み、ひとつずつ目標をクリアする。そうやって愉しみながら、自分という人間をぶ厚くしていく……。今がベストで、未来には未知の楽しみがある。これが、多樂の本質である、と『多樂スパイラル』のまえがきで書いたが、その原理原則は今も変わっていない。

日々の生活のなかで、森羅万象に潜む多樂をいかに味わうか。心に映りゆくよしなごとを書き留めておこう。それが読者の方々にとって、なんらかのスパイスになればとの願いもこめて…。

 

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なぜ、中田宏は辞任したのか

2009.08.08

 どのようにして、こういう政治家になったのだろう? 不思議でしかたがない。

 中田宏の辞任、じつにあっぱれである。今まで、「この男に賭けたい」という思いでおつきあいをしてきたが、その確信はますます深まった。今の日本の政治家で、こういう判断をし、実行に移せる人はごく稀であろう。

 

 中田氏が任期を約8ヶ月残して横浜市長を辞任した。その真相をめぐって、世間はあれこれと憶測しているが、そのほとんどが正鵠を射ていない。週刊誌は言うにおよばず、新聞やテレビも同様だ。どれも、「結局は将来自分が総理大臣になるための布石を打っている」という前提で今回の辞任をとらえていると映る。

 落合恵子氏はテレビの討論番組で「自分にとってメリットがないことをするはずがないじゃない?」と語っていたが、果たしてそうだろうか。もちろん、現在の政治家たちの行いを見てみれば、そう思いたくなるのもわかる。皆、判で押したように「自分の利益」という判断基準で行動しているからだ。

 しかし、歴史を遡って概観し、そういう政治家ばかりだったろうか。そうではないだろう。私が尊崇する大久保利通をはじめ、私利私欲がない政治家が少なからずいたからこそ、近代日本の骨格は定まり、繁栄への道を歩むことができたのだ。まぎれもなく、今でも日本人の血にはそのような高潔な志が流れていると信じている。

 

 想像力を働かせて、自分が中田氏の立場だったと仮定してほしい。自分ならこのタイミングで辞めるだろうか?

 あと8ヶ月、このまま横浜市長を続けようとするはずだ。なぜなら、それが自分の利益にもなるし、「放り投げだ」などと批判されることもない。とにかく、穏便に任期までの時間が流れれば、誰にも文句を言われないし、約束された報酬も受け取れるのだ。退職金だって、減らされることはない。

 しかし、中田氏は辞任という道を選んだ。特に何かに行き詰まっていたわけではない。むしろ、7年強の実績は輝かしいばかりだ。そういう状況で辞任する人など、他にいるだろうか。

 では、彼はなぜ辞任したのか?

 大局観にたって、任期を満了することがこの社会にとっていいのか、ということを熟考し、そうではない、と答えを導き出したからにほかならない。常々、中田氏は「自分は何になりたいという野望はない。それより、この国の行く末の方が心配だ。このまま座して無為無策を看過すれば、まちがいなくこの国は滅びる」と言ってきたが、そういった危機感に基づいた判断ができたからこそ、今回の行動に及んだのだ。

 

 今回の辞任によるメリットはたくさんある。中田氏がメディアで説明しているように、新市長は予算編成から携われる、単独で選挙をするより同日選なら経費が10億円減る、12月の定例議会で次回の市長選に出馬しないと明らかにした場合の3ヶ月強におよぶレームダック(死に体の政治)を回避できるなど、その社会的メリットは計り知れない。

 私はそれよりも、衆院選と同日選にすることによって、総選挙における自民党の敗残兵などが横浜市長選に出馬する機会を閉ざしたということに大きな意味があると思う。来年3月までの任期をまっとうすれば、まちがいなく総選挙で落選した議員たちが次の横浜市長選に立候補するだろう。過去のデータから考えて、単独で横浜市長選をすると投票率は30%台。組織票に勝てるかどうかは疑わしい。再び、改革が逆行する事態にならないとも限らない。同日選なら投票率は60%を期待できる。より多くの市民の判断によって市長を選出した方がいいに決まっている。

 中田氏の辞任によって、総選挙の敗者復活を目論んでいた輩が地団駄踏んでいるのが目に見えるようだ。

 いずれにしても、今回の辞任は政治制度にもスーパーインパクトを与えることになった。まさにサムライの所業である。

(090808 第109回)

 

 

 

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